小説
xxxxx大好き!
・ヤクザと不憫の話
・酷い。字面が酷い。



 七草茜の人生は十人が聞けば七人は哀れみ、二人は憤り、一人は俺のほうがと不幸自慢を始める程度には恵まれないものである。
 特に愛情が絡んだわけでもない理由で生まれたために親からの扱いは人権という言葉を見失うようなもので、その日食べるものに苦労するのは珍しくなく、身なりは清潔を心がけるもボロボロにくたびれるのだけはどうしようもない。
 生きるためには金がいる。親に殺されないためにも金がいる。
 しかし、肉体労働に始終するには食事がままならないため体力が心もとなく、ボロい服装で面接に挑めば面接官があからさまに顔を顰めるのも珍しくない。
 必然的に限られるバイトの環境が良いものであるなど滅多になく、その滅多にない僥倖が茜に降ってきたことは未だない。
 茜は今日も店長から聞いてない仕事をやっていないと怒鳴られ、理不尽に給料を引かれ、落ち込んだ内心を隠して接客に挑む。
 合法なのか違法なのか、ろくに学校へ行かせてもらえず学のない茜では定かではない店は、主に酒を振る舞い時々際どい接触で客をもてなす店だった。もちろん、茜のような貧相な青年で客が喜ぶはずもないので、茜の仕事は雑用時々ウェイターもどき。
 今日は水しか飲んでいない、そして時間は夜の八時を回っている。店長の横暴に疲弊した心が加われば、茜はもう絶不調と言う他ない。
 酔っ払った客の追加注文である焼酎を運ぶ際、少しだけ躓いてテーブルに置くとき派手な音をたてた。
 酔っぱらいの怒りのツボは分からない。謝るより早く怒鳴られ捲し立てられ焼酎をぶっかけられた。飛んでくる店長が訳も聞かずに客へ謝り、茜へとクビを言い渡す。

「うは、ちょ、そりゃないッスよ」
「うるせえっ、てめえみてえな使えねえバイトはいらねえんだよ!」
「ひでえ! ちょ、勘弁してくだいよ。クビになったらマジで飢えるッス」

 雀の涙の金だろうがないよりマシだ。断然マシだ。縋る茜を店長が蹴り飛ばす。

「そんなに雇い続けられたけりゃ金払え!」
「ひい、本末転倒!」

 こうして茜はバイトをクビになった。
 店長に蹴られた部分を押さえながら茜は夜の街を歩く。店の場所が場所なので居酒屋やら風俗やら客引きの姿が目立つこと。見境のなさそうな彼らでも、茜には声をかけないのだから最低限の目は養われているのだろう。茜は苦笑いする。
 考えるのは新しいバイトのこと。どんなバイトを、ではなく何時までに見つかってもらわないと困るというものだ。金を持ってこれない茜を親はサンドバッグにする。体が動かなければバイト探しもできないという悪循環に理解を求めるのは諦めて久しい。
 擦り切れた服に冬の寒風がしみて、身を竦めてしまったのが悪かったのか。一瞬だけ前方不注意になった茜は曲がり角でひととぶつかった。ガチャンと硝子の割れた音がして、茜の足元にビニール袋が転がる。中から漏れだす液体とアルコール臭。
 ぶつかった拍子に相手の酒瓶割りましたとはなんということでしょう。今日は厄日なのかと泣きたくなりながら茜はせめて優しいひとだったらいいなと相手を窺う。

「っなにすんじゃてめええ!」

 ヤクザだった。見るからにヤクザだった。
 スキンヘッドでガタイのいいヤクザが茜の胸ぐらを掴む。しかし、茜のボロい服は乱暴に耐えられるほど丈夫ではない。すぐに破けて気まずい沈黙が下りた。

「さ、さーせん、不注意っした」

 今のうちにとペコペコ頭を下げるがスキンヘッドは勢いを取り戻し、あまりの素晴らしい滑舌に殆ど聞き取れない罵声を茜に浴びせる。自身の言葉が通じない状況に慣れている茜は神妙な顔でひたすらに謝罪を繰り返した。

「お前弁償しろよ! 同じもん買ってこい!!」

 ようやく通じる言葉が出てきたものの、茜はそれに応えることができない。

「無理ッス!」
「んだと、てめえッ」
「金ないッス!」
「ジャンプしろジャンプ」

 茜はその場で飛び跳ねた。体が少し軋んだほかにはチャリンとも言わない。

「俺、本当に金ないッスよ」

 茜のドヤ顔にヤクザが青筋をたてる。

「だったら体で払えや!!」



「……で?」
「え、あ、その……ノリで、連れてきちまいました」

 縮こまるスキンヘッドヤクザの前でピースの灰を落とした男は「ふうん」と頷く。

「おま、馬鹿か? 割れた酒瓶とカタギ巻き込むのどっちが不利益になると思ってんだよ。おめえが買い直しゃあいいもんをよお、態々ここまで連れてきやがって」

 男に睨まれて茜はへらりと笑った。
 スキンヘッドも怖いが、明らかに上役らしき眼の前の男も怖い。

「ついてくるお前もお前だよ」
「ヤクザさんから逃げるとか無理ッスよ。それにこのひとがバイト紹介してくれるって言ってたんで!」
「あ?」
「え?」

 茜は道中、スキンヘッドに体で払えとはどういうことか、金になるような仕事を教えてくれるのかと訊ねたのだが、頭に血が上っていたスキンヘッドヤクザは「そうだよ」とただ怒鳴った。怒鳴り声であっても肯定だったので、茜はむしろ足取りが軽くなったほどなのだが男は怪訝そうにするばかりで、茜は首を傾げる。

「え、違うんッスか? 俺なんでもやりますよ! 汚い仕事も辛い仕事も頑張るッス!!」

 ハウスクリーニングのバイトの経験を思い出しながら茜は胸を張る。茜を雇うくらいなので当然ろくな職場ではなく、訳あり専門だった。現場の惨状たるや、なけなしの栄養を無駄にしないためだけに茜は吐かなかったと言っても過言ではない。

「汚い仕事、ねえ?」

 ピースを一口吸って、男は煙を吐き出す。

「体力あんのか?」
「飯食ってないんであんまりないッス! でも根性というか執念で給料もらえるまで働くッスよ!!」
「……おい、不憫でイカれた奴とか面倒臭いの拾いやがって」

 男はスキンヘッドを蹴り飛ばす。店長よりもよほど痛そうだ。

「車の運転は?」
「金ないんで免許取れないッス!」
「ですよねえ……穴掘りくらいにしか使えねえじゃねえか。まあ、丁度雑用欲しかったしな」
「雇ってくれるんスね、あざまっす!!」
「気が早えよ」

 呆れながらも男は灰皿にピースを押し付け、面倒くさそうに茜の連絡先を聞いた。

「うち、家電ないッス」
「…………ケータイもねえんだろ」
「うッス」
「……後で渡すわ。名前は?」

 スキンヘッドに携帯電話の用意を命じて部屋を追い出し、男はようやく茜に名を訊ねる。

「七草茜ッス! 店長のお名前なんスか?」
「店長じゃねえよ。砂古。時給換算とか面倒だから日給制な。あー、一日につき……」

 どうでもよさそうに述べられた金額に茜の思考が止まる。何か言うたびに元気よく返事をしていた茜の沈黙に不満でもあるのかと睨みつけた男はビクと肩を跳ねさせた。

「ほ、ほんとに?」

 茜は仕事中の娼婦かと言わんばかりの顔を真っ赤に染め、目を潤ませて、鼻にかかったような震え声で聞き返す。

「お、おう」
「ほ、ほんとにそんにゃたくしゃんくれりゅの……?」

 どれだけ興奮しているのか、呂律がとんでもなく怪しい。
 だが、仕方ない。茜が今までやってきたバイトは雇ってもらえるだけありがたく思え精神のもと、過酷な労働環境であっても雀の涙ほどの給料しかくれなかったのだ。砂古の提示した金額は一般的なバイトから考えても美味しい。茜からすれば破格の高給である。
 砂古はどろどろに顔を蕩かす茜に若干引きながら、それでももう一度頷いた。
 瞬間、茜は感極まる。

「ふえぇぇぇっ、しゅごい、しゅごいのおおお! こんにゃおちんぎん初めてえええええ!!」

 ビクンビクンと体を震わせた茜はいよいよドン引きの砂古の足元に縋り付き、うっとりと陶然とした眼差しで見上げる。

「ふぃゆうぅ、俺、砂古さんにおちんぎんいっぱいもらうために一所懸命ご奉仕しましゅうううう!!」
「お、おう……まあ、がんば、れ?」

 相対したことのない人種に気後れした砂古は気付かない。
 携帯電話を用意して戻ってこようとしたスキンヘッドがドアの前で茜の言葉に妙な聞き間違えをした挙句「え? 穴掘りってそういう……?」というとんでもない誤解をしていることを。
 尚、今まで不遇な期間があまりにも長かったために茜が給料に関して慣れることはなく、この興奮状態は給料を渡す度に発現することになる。

「らめえっ、おちんぎんいっぱいなのお!」
「だったらいらねえか?」
「やらあ、おちんぎんくらしゃい、おちんぎんいっぱいほしいのおっ」
「…………砂古さんと七草まただよ……」
「……俺、砂古さんがホモだと思わなかった」

 その後、砂古が自身に降りかかっていた誤解に気付いて鼻水吹いたとき、最早誤解は周囲にとって確信に変わっており二進も三進もいかなくなっていた。

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