小説
新春全裸祭〜郷に従わない子は剥いちゃおうねえ〜(後)



 正月という全国から構成員集まる機会に四季の内心は修羅場である。基本的には頭を下げられる立場だが、それでも方々駆け巡って挨拶やら何やらでてんてこ舞。正月太りなんて夢のまた夢、正月の間にニキロは落ちた。
 珈琲が恋しい、マスターの淹れたエスプレッソが飲みたいとうわ言のように繰り返した日々がようやく落ち着こうというとき、四季の周囲の景色が変わった。
 先ほどまでいたのは高槻会本部の庭だったはずだ。梅の木がたくさんあって、もうすぐ花を綻ばしそうな風情だった。
 それがどういうことだろう。
 周囲から漂うのは梅の甘酸っぱい香りではなく、潮風に乗った磯の香り。緑の気配はなく白い砂浜と青い海が広がっているではないか。
 また、存在するのも厳しい黒服金バッジ共ではなく無防備にもほどがある全裸集団。防弾チョッキもなくて撃たれれば即死間違いなしである。
 四季は困惑した。こんなにも困惑したのはどれほどぶりだろうというほどに困惑した。それでも現実は無情に流れる。
 まず、暑いのだ。黒というのは太陽光を吸収する。普通ならば上着くらいは脱ごうと思うものだが、ヤクザの集まりにいたのだ。絶対に何かしらの暴力騒ぎがあるために四季は「準備」をしている。上着を脱ぐのには不都合があった。
 どうしたものかと悩む四季にとってそれは救い手になり得たのだろうか。
 布切れひとつ残さず衣服が前触れもなく吹っ飛んだ。
 四十路とは思えぬしなやかな体が露になる。白い体はしかし、より白い傷痕が散見していて少し痛々しい。

「は?」

 経済ヤクザとして思考の重要性を理解する四季の思考が停止する。
 スーツもシャツも下着も靴下も靴も防弾チョッキもどこにもない。ホルスターすら消失した。

「……ハジキの紛失とか、困るんだが……」

 警察組織であれば懲戒ものである。
 かろうじて呟いた四季の言葉は波音にかき消された。



 米はちい先生と砂浜で城を作っていた。
 とても忙しい正月だが僅かな時間を縫ってちい先生に挨拶をしに来たのだが、やってきたちい先生と顔を合わせて「あけまして……」とやろうとしたところで突然変わった周囲の景色。
 ぬくぬくぽかぽか通り越した気温の海辺、周囲には何故か水着すら着ていない人々。

「なにこれ」

 思わず呟いた米に少し考えたちい先生が答えた。

「ここは恐らくヌーディストビーチという場所じゃないかな」
「ヌーディスト?」
「衣服からの拘束から解放を主にした裸体主義のことさ」
「……全裸愛好家ってこと?」
「似たようなものじゃないかな」

 ちい先生、こういうことにも詳しいんだね、と米は感心した。

「それにしてもヌーディストビーチだよ、米くん」
「うん、それがどうかしたの?」
「ぼくたちは服を着ているね。これは少し場違いというやつさ」
「……脱がなきゃ駄目かな」
「個性を訴えるのは結構なことだけど、それは時として滑稽だよ。協調性というやつも見せなくちゃ」

 そう言ってちい先生はいそいそと服を脱ぎ始め、パンツ一丁になった。よく見ればヌーディストたちのなかにも局部だけは覆ったひとがいるし、全裸である必要はないと判断したらしい。それならば、と米もパンツ一丁になった。

「なにがなんだか分からないけど、なんだか不思議とどうにもでなる気がするよ。米くんがいるからかな」
「俺もちい先生がいるからあんまり混乱してないや」
「ふふふ、頼られているようでうれしいね。そうだ、せっかく米くんと海にこれたんだから、少し遊ぼうか」
「うん、ちい先生」

 米とちい先生はとても和やかに海を堪能した。



「うふふふ捕まえてごらんなさあーい」
「ははは待てよ谷こいつうー!」

 全裸で浜辺を全力疾走する谷とそれを追いかける高橋。
 正月ということで油断している高橋に急襲を仕掛けた谷と、それを読んで迎撃体制ばっちりだった高橋は「往生しいやタカセンよおお!」「教師舐めんな問題児いい!」と熱い師弟間交流を図ろうとしたところで一変した周囲に動きを止めた。
 周囲には海! あと全裸!
 ヌーディストビーチであることを把握したのは谷と高橋どちらが早かっただろうか。ふたりはほぼ同時に衣服を脱ぎ去り、相手を見て舌打ちをする。これで自分のほうが早く脱衣を済ませていればヌーディストビーチにおいて衣服をまとう空気の読めなさを突いてやるつもりだったのだ。

「いやあ、いきなり高橋先生と海デートなんて嬉しいなあ。年齢の割には腹出てないんですねえ?」
「俺も生徒と正月に海で遊べるなんて教師充してるわー。高校生の割にはそこそこの腹筋なんだなあ?」
「先生くらいの年齢になればすぐにメタボる可能性もあるでしょう? 大変ですよねえ」
「俺がお前くらいだった頃にはがっつり鍛えて貧弱とは無縁だったからな、そのおかげかもなあ」
「あははは」
「ふははは」

 谷が足元を掬う波を高橋に向かって蹴り上げる。高橋の体が濡れた。
 高橋が足元を掬う波を谷に向かって蹴り上げる。谷の体が濡れた。
 ばしゃ、ばしゃん。びしゃ。ばしゃあ。
 口に入った塩水を吐き出す谷が口を引き攣らせる。塩水滴る高橋の額に青筋が浮かぶ。

「はは、捕まえてみろよ先生」
「上等だ、海に放り込んでやるよ」

 笑いながらふたりは砂浜を蹴りあげた。



「……ちゃんと脱ぐ奴と脱がない奴がいるな……脱がない奴は脱がせたあとも戸惑いっ放しだし……」
「長あああああ! あんったなにやってんですかああああ!」

 追いついた若天狗が葉高天狗の頬を容赦なく平手で打った。葉高天狗は被害者面で頬を押さえる。

「な、なにすんだ! 俺はただヌーディストビーチに突然放り込まれた人間の全裸に対する適応性の調査を……」
「突然の神隠しに加えて服という自身を守るものを奪い去ったんですかっ? あんたは鬼か!!」
「鬼じゃない、天狗だ!」

 大胸筋逞しい胸を張る葉高天狗の頬をもう一度若天狗ぶっ叩いた。

「戻しなさい、今すぐ戻しなさい。そして白昼夢を見たんだとフォローしなさい」
「えー、まだモニターが足りない気が……」
「シベリアだろうと余裕のあったか装備をさせられたいんですか」

 葉高天狗は指を鳴らす。これで突然ヌーディストに放り込まれた無辜の民は「あれ? さっきまでのはなんだったんだろう。夢でも見てたのかな」という魔法の言葉とともに恙無い日常を取りも出した。若天狗は安堵する。

「まったく、正月なんですよ? もっと大人しくしてください」
「そうだよな、正月だよな。正月らしいことでもするか。羽子板とか」

 ぽん、と頭を撫でられた若天狗は幼い頃に葉高天狗と羽子板をしたことを思い出し、少しだけはにかんだ。
 しかし、そんなはにかみも羽子板片手に躍動する全裸を見れば絶対零度の修羅顔に変わる。

「昔は怒らなかったじゃねえか!」
「物事よく分からないこどもだったんですよ!」
「はあっ? 前に神隠しで迷いこんできた人間の子どもは俺の全裸見て斬りかかってきましたけどおっ?」
「斬りかかられるほどのことだってどうして理解してくれないんですかねええ!!」

 山に響き渡る怒声。
 麓の村人は今年も天狗様は元気じゃと山に向かって手を合わせたそうな。

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あきゅろす。
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