小説
新春全裸祭〜郷に従わない子は剥いちゃおうねえ〜(前)〈混合〉



 全裸で高い木の上に仁王立ちして寒風に晒されようとぴんしゃんしている葉高天狗だが、それでも炬燵は良いものだと思っている。
 全裸で炬燵にぬくぬくするのは堪らない。昔と違って温風使用なので網目にどことは言わないが当たって大変切ない思いをすることもない。
 強いて難点を上げるなら、向かいでぬくぬくしている若天狗からの視線が真冬の山の気温よりも低いことだろうか。生まれた時から知っている若天狗は未だに全裸の良さ、むしろ全裸は当然であり基礎という概念を解さない。自身の教育に著しい隙があったと認めざるを得ないだろう。まことに遺憾。
 はふう、とため息を吐きながら雑煮の餅をむっちむっちと食らい、葉高天狗は天板に置いたノートPCの画面を凝視する。

「へえ、ヌーディストビーチも完全に全裸ってわけじゃないのか」

 若天狗の目が著しく死んだが、葉高天狗は構わずに検索を続ける。画像検索を行った画面では、水着を着用してヌーディストビーチで寛ぐ人間が少なくない。
 場所によっては全裸のみ入場可能であったり、お前らの好きにしろよとnot全裸を許されているところがある。
 葉高天狗としてはヌーディストビーチというからには全裸であることは最低限のマナー、下着であろうと水着であろうと全裸を一部でも覆うものはKing of KYだと思っていたのだが、それはどうやら偏見だったようだ。
 しかし、自身の認識の誤りを認めることはできても、残念だという気持ちを失くすことはできない。
 全裸に厳しい昨今、ヌーディストビーチやらキャンプやら、全裸であることが当たり前であり求められる環境はまるで全裸こそが正義であるかのように葉高天狗にも多少存在する承認欲求を満たしてくれる存在だったのだ。
 あんなにも皆全裸だったのに、今では全裸が少数派。どういうことだよこんちくしょうと枕を濡らしたのは一度や二度ではない。

「しかし、ヌーディストビーチ……全裸における聖地だよな……衣服着てるっつても最低限だし……」

 葉高天狗の頭にティンと閃くものがあった。
 ガタッと音をたてて炬燵から立ち上がろうとした瞬間、若天狗が蜜柑をぶん投げてくるが葉高天狗は華麗に回避。

「どこに行くつもりですか!」
「いつから俺を止められるつもりでいた!」
「ちょ、長! 待って、待ってください! 誰か長を止めろ、またろくでもないことになる!!」

 若天狗の絶叫も虚しく、葉高天狗の惚れ惚れするような裸体が外へ解き放たれ、真冬の青い空を飛翔した。
 天高く舞い上がり、全てを睥睨する葉高天狗の片手に天狗の神通力が唸りだす。
 葉高天狗のボルテージはいよいよ有頂天、大きく振りかぶって――

「そぉいッ!!」



 忘年会が終わっても新年会があり、それ以前に挨拶回りという正月休みが休みとして機能していない兼人だが、それでもそれを労と思ったことはない。精力的に働き人々と接して満ち足りた時間を過ごしている。
 それでもほんのひと時、休憩がてら濃い目のミルクティーを飲もうと思った瞬間に兼人の周囲の景色が一変した。
 青い空に白い砂浜。屋内にいたにも関わらず、ここはどう見たって屋外であり、それも自然風景広がるビーチ。
 兼人はぱちり、とまばたきをして周囲を見渡す。
 自分以外にもたくさんの人々がいる。その大体はビーチということで露出過多なのだが、過多にもほどがあるだろう。局部丸出しの人間が珍しくない。

「……ヌーディストビーチか?」

 どこの、とは具体的には分からないが、兼人はふむ、と一つ頷く。
 ビーチを照らす陽光は少々痛いほどで、正月という寒風吹く季節は感じられない。屋内にいたので軽装ではあるが、それでも冬物を着ていた兼人はすぐに体温が上がるのを感じた。このままでは体調を崩すだろう。

「うむ、郷に入っては郷に従えと言うからな!」

 我が道を行き、道がなくとも我が道を敷く兼人ではあるが、文化侵略を推奨しているわけではないし、先住民のあり方を受け入れられぬほど狭量だと思われているならば己を舐めているにもほどがある。それにヌーディストならば身内に存在しているのだ。
 兼人は脱いだ。男らしい脱ぎっぷりに現れる美しい肢体。ふん、と鼻を鳴らして腕を組み、仁王立ちでビーチを見渡す姿はどこまでも尊大である。

「ふははははは、ヌーディズムも悪くない、悪くないぞ!! 祖父さんが推奨するのも納得だ!!!」

 母方の伯父が聞けば血涙滲ませ衣服を押し付けてくるだろうことを高らかに言い放ち、兼人はビーチの散策に歩き出した。



 あやめは一瞬で変わった風景に思考が停止していた。
 正月といういささかおめでたく浮かれた空気ではあるが、それでも恙無く日常を送っていたはずなのに気付けば周囲はヌーディスト溢れるビーチ。なにがどうしてこうなった。
 夢でも見ているのだろうかと思うが、降り注ぐ陽光は暑く、あやめは襟元を引っ張って空気を送る。
 室内着であろうと冬服をしっかり着ているあやめはこの場では場違い甚だしいのだが、だからと言って周囲の視線に屈して脱ぐ気にはなれない。
 さてどうしたものかと悩むあやめに脱衣の意思がないのが悪かったのか、ため息をひとつ吐いた瞬間に悲劇がおきる。
 パンッ。
 乾いた破裂音。
 吹き飛び散り散りになるあやめの衣服。
 無防備に曝け出された逞しい体。

「……あぁ?」

 一体全体何が起きた。
 あやめは自身の体を見下ろすが、そこには一片足りとも布がない。下着も弾け飛んで局部を潮風が撫でた。

「…………なんで俺はいきなりわけの分からん場所に放り込まれたと思ったら、全裸になっているんですかねぇ……?」

 崩れ落ちるようにしゃがみ込み、あやめは両手で顔を覆う。
 わけがわからない。ほんとうに何も理解できない。
 あやめの頭のなかは待って、ちょっと待ってとひたすら何かに向かって制止を呼びかけている。
 混乱極まるあやめの耳に、どこかで聞いたえらく尊大な高笑いが響く。
 顔を上げて指の隙間から窺えば、高貴な全裸が周囲に全裸を侍らせているのが見えた。

「…………関わりたくねぇな」

 こんな状況で知り合いを見かければ駆けつけたくなるはずの人間の心理を押し退けて、あやめは全力でその場を離脱した。

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あきゅろす。
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