小説
恋の調味料(笑)
・リーマン
・片思い先輩と振った後輩



 告白なんてしなければよかった。
 ここ半年ほど、逢坂は繰り返し思う。
 新人社員で、自分が面倒をみた後輩の藤堂。
 よく懐いてくれて、一生懸命で、ちょっと吊った目が猫みたいで、やっぱり猫っぽく気が強いところのある、かわいい後輩。
 元々ゲイだった逢坂は、藤堂をそういう目で見始めてしまった。
 尊敬する先輩が自分の尻を狙っていると知ったときの藤堂の顔は、いまでも忘れられない。
 藤堂は、以前のように逢坂を必死に目で追うことをしない。仕事ぶりに尊敬を見せても、逢坂自身を見れば口をひん曲げる。
 今も、逢坂と藤堂は隣り合って食堂で食事をしているが、藤堂のやさぐれた気配は濃厚だ。
 告白なんてしなければよかった。
 ゲイが世間から歓迎されないことは分かっているが、それでも、ここまで後悔する日がくるなんて、逢坂は思っても見なかったのだ。

「なあ、藤堂」
「なんすか」
「奢ってやるから、おかずちゃんと食おうぜ」
「尻狙ってる奴に誰が貸しなんざ作るか」

 今にもぺっと唾棄しそうな藤堂に、逢坂は頭を抱える。
 藤堂が食べているのは白米。
 日の丸弁当ですらない、真っ白な白米。
 逢坂が初めて藤堂の弁当の惨状に気づいたのは、皮肉にも藤堂との関係が拗れてからだった。
 気まずさも吹っ飛んで何事かと問えば、やさぐれ切った顔の藤堂が「家賃値上げしたんで、給料日前一週間は白米生活なんすよ。仕送り減らす気ないんで、食費削ってるんすよ。それがなにか?」と答えた。
 荒んではいるが、藤堂に恥る様子はない。大勢の社員が集まる食堂で白米弁当をもっしゃもっしゃ貪る藤堂に、逢坂は現実逃避するかの如く「こいつぁ大物になるぜ」と思ったものだ。ちなみに、食堂で弁当を広げている理由は、食堂になら塩が置いてあるからだという。
 あまりの切迫具合に、逢坂は目頭を押さえた。
 こみ上げるものを堪えながら、自身のトレイからおかずを一品差し出した逢坂だが、藤堂はぴしゃりとそれを断った。
 以前には何度か奢ることもあったのだが、逢坂を警戒する藤堂は逢坂からの手を一切拒否する。
 どんなに頼んでも、どんなに下心などないと主張しても、口をへの字にひん曲げた藤堂は聞きはしない。
 そして、今月も藤堂の白米週間が始まった。

「体壊すぞ、栄養足りないぞ」
「あ? なんすか? ケツからたんぱく質摂取しろとでも?」

 告白さえしなければ、告白さえしなければ。
 逢坂は好いた後輩の健康に貢献することも、飯を満足に食わせることもできただろうに。
 逢坂は思わずにいられない。
 告白して後悔なんて話は腐るほど存在するが、こんな理由で悔やんだ人間が嘗ていただろうか? いるのなら、これからどうやったら藤堂に飯を食わせたらいいのか、是非とも教授して欲しいと逢坂は切実に願う。
 せめて、仕事をばんばん教えて、藤堂を超有能社員に育て上げれば給料が上がって、白米から脱出できるのかもしれない。しかし、こんな白米生活の藤堂に無茶な仕事をさせたら倒れるに違いない。
 では、別の人間にそれとなく手を回せばどうだろうか。否。残念なことに、逢坂のせいで藤堂は他人の好意を警戒するようになってしまっている。
 尊敬する優しく頼りになる先輩の裏切りを経験したのだ、そりゃ仕方ない。
 藤堂の白米生活にはなんの意味もないが、せめてもの救いは藤堂が見せた嫌悪というのが、尊敬する先輩に下心があったということに対する裏切りからきていることだろうか。ホモだろうがゲイだろうがは関係なく、今までの好意全てが自分の尻狙いというのが心底嫌だったらしい。

(好きな奴にやさしくしてやりたくて何が悪いんだよ、ちくしょおお……)

 藤堂の潔癖さに、ここ半年の間、逢坂が何度枕を濡らしたことか。
 もはや、逢坂は藤堂に対する恋とか愛とかは二の次で、飯さえまともに食ってもらえればよかった。
 白米と味噌汁と香の物だけでもいい。白米週間から脱出してくれれば、あとはもう自分の感情なんざ踏みにじってくれて構わない。
 おかずを摂ってくれる代わりに二度と面を見せるなというのなら、逢坂は喜んで転職さえするだろう。
 逢坂の追い込まれ具合は、白米週間に突入している藤堂と並んで尚、逢坂に「お前、やつれてないか?」と声がかかるほどだ。
 自分の尻を狙った男と並んで白米弁当を食堂で広げられるような図太い人間は、そうそうやつれたりしないらしい。

「あ、そうだ」
「どうした?」

 逢坂が切ないため息をつきながら、とんかつに副えられた食物繊維たっぷりのキャベツを食べていると、不意に藤堂が声を上げる。
 逢坂が顔を向ければ、藤堂は自分の三分の二ほど平らげた白米弁当を持ち上げ、数列前のテーブルに座る男女、仲の良さそうなカップルを示した。

「恋愛って甘いとかしょっぱいとか苦いっていいますよね?」
「……そうだな」

 心当たりがあるので頷きながらも、逢坂は嫌な予感がしていた。

「じゃあ、恋愛っておかずになりますよね」

 性的じゃない意味で。

 逢坂は暴歩族という存在を、始めて知ったときのような顔をした。暴歩族は実際に目撃すると、中々シュールであると同時に恐怖も覚える。

「あー、いいこと思いついた。俺、今日からカップル見て飯食おう」
「やめろよ、さすがにそれはやめろよ」
「なんすか、メゾネットタイプのマンションに一人暮らししてる先輩に、俺の給料日前の切なさの何が分かるっていうんすか」
「だから、奢るって言ってんじゃん。奢らせてくださいって頭まで下げてんじゃんっ」
「じゃんとかいうなよクソ野郎。高給取りのその傲慢が俺はゆるせねえんだ」

 ぺっ、と唾を吐く仕草をして、藤堂はカップルを凝視し始める。心なし、白米を口に運ぶ動作が軽い。

「最近じゃ恋愛ブログとかもありますよね。なあんだ、世の中にはおかずが溢れてんじゃん」
「やめろよお、他人の恋愛笑うなよお……」
「笑ってませんよ、美味しくいただいてんですよ。
 ――そういや、先輩も恋してましたね」

 藤堂はニタアと哂った。
 恋は盲目というが、逢坂には藤堂の笑みが魔王に見えて仕方がなかった。

 その日から、藤堂が白米週間に入ると食堂で「お願い、もうやめて」とさめざめ涙を流しながら懇願する逢坂と「先輩のしょっぱい片恋で飯がうめえ」と哂いながら白米を食う藤堂の姿が見られるようになった。
 このやりとり、ひょんなことから逢坂が藤堂におかずを与える権利を得られるまで続くことになる。


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