小説
別に険悪じゃないから勘違いしないでよね!



 松倉会長と桜井委員長の確執は、いよいよ決定的なものになったらしい。
 学園にそんな噂が流れ始めたのは、天井が梓の本心を聞き、風紀委員室の前でそれを聞いていた幸久とのなんらかの話し合いに向かう背中を見送ったあとのことだ。
 いったい何があった、と思うのと同時、絶対にろくな理由じゃない、と早々に悟る部分もあり、天井は梓にも幸久にも本当のところを訊けない。



「奇遇だな、風紀委員長。丁度、書類を届けに行こうと思っていたところだ」
「そいつはどうも」

 噂の生徒会長と風紀委員長が廊下でばったりと出くわしたのは、ある麗らかな昼下がりのことだったが、居合わせてしまった生徒の心境は極寒だった。
 丁寧に差し出された書類を、ぶっきらぼうな態度と声音で受け取る梓の顔は、ぎりぎりと食い縛った歯と浮き出た青筋のせいで「いますぐに目の前の男を打ち殺したい衝動を抑えています」と主張していようにしか見えない。
 幸久はその表情を直視しているにも関わらず、怯んだ様子もない。

「風紀委員長、この後時間はあるか? よかったら、茶でも……」

 ドカ、と重々しい音が廊下に響き、幾人かの生徒が引き攣った悲鳴を上げた。
 真横の壁に鋭く打ち付けられた拳は、音を聞くだけでも酷く痛そうなのだが、梓の顔にはまったく苦痛の色はない。
 ただ、激情を堪えてびきびきと青筋が増え、目を血走らせながらも、笑おうとした口元がひくひくと痙攣するだけだ。

「あのよう、俺は結構キてんだわ……俺が堪えてる内に目の前からいなくなれ」

 決定的な台詞に、噂は本当だったのかと生徒がざわめく。

「別に構わん」
「俺が構うんだよ」
「なぜ?」
「っあのなあ!」

 とうとう怒鳴り声を上げた梓に、生徒の一人が別の風紀委員を呼びにいった。このままでは、血の雨が降ると判断したのだ。

「我慢することはない。お前が望むなら、俺は受け入れよう」

 幸久の無謀ともいえる言葉に、生徒はふたりを引き離した方がいいのか思案し始める。だが、それよりも早く、先ほどの生徒と共に天井が駆けつける。騒ぎを聞きつけて、向かう途中の天井と合流したのだ。

「廊下でなにをやっているんですか。ほら、やるなら風紀委員室に来てください。こんな廊下で他の生徒の迷惑でしょう」
「だ、そうだ。そちらでなら構わないのではないか?」
「…………ああ、そうだな。いい加減、ぶち切れそうだ」

 悪鬼羅刹の形相の梓を見て、天井は本当に幸久を連れて行って大丈夫だろうかと心配になった。
 不安を視線に込めて幸久を見れば、幸久は「ん?」と小首を傾げる始末。天然というか、もはや空気を読めていない。

「行くぞ」
「ああ」

 先陣を切った梓に躊躇なくついて行く幸久を見て、生徒達から「止めてください」という視線が天井に集中するのを、空気が読める天井は感じたが、どうしようもない。どうしようもないことなのだ。天井は敢えて視線を無視した。それで周囲から天井が幸久にしたように、空気が読めないの烙印を押されても構わない。

(分があるらしい、だけで賭けられる博打じゃありませんよ)

 天井はノーリスクハイリターン、確実に勝てる勝負以外はしたくない保守派であった。



 風紀委員室について、天井がしっかりとドアを閉めた瞬間、梓は幸久に両腕を伸ばした。
 くるり、と後ろを向かせた百八十センチの幸久を、怪我人や伸した不良を抱き運ぶことに慣れた腕力で軽々持ち上げると、そのまま歩き、ソファへ腰掛けた自身の膝に下ろす。幸久の腹に両腕を回して肩口に顔を埋めれば、完了とばかりに梓は力を抜いた。

「ちょーかぁーわーいーいー」
「それはどうも」

 ぐりぐりと頬をすり寄せる梓になんの抵抗もしない幸久を見て、天井はその場に崩れ落ちそうになるのを堪えた。

(ああ、ですよね。箍が外れた分、今まで以上に我慢しなきゃ抑えられなくなって、それが顔を凶悪にしていただけですよねっ)

 我慢を止めた梓の顔は、見るに堪えなかった。
 だらしないとまでは言わないが、見方によってはR18、風紀委員長桜井梓を知るものからすればR18G、心臓の弱いひとを思えばモザイク必須である。

「幸久はかわいいなあ、マジでなんでこんなかわいいんだ? お前実は妖精か? 妖精に生まれて精霊に育ってゆくゆくは天使になるのか?」
「俺は人間だぞ」
「マジで? 人間なのにこんなかわいいとか奇跡だろ。さすが、幸久。マジかわいい」

 天井はドン引きした。
 本心を訊いた時もそうだが、梓の発想というか言葉選びの酷さにドン引きした。
「かわいい、かわいい」連呼しながら幸久の頭を撫でて、幸久の顔に頬ずりをする梓。そこには並み居る不良を千切っては投げ千切っては投げ「次に沈みたいのはどいつだ」と後ずさる残りの不良に向かって欠片も呼吸を乱さず訊ね、失禁させた鬼の風紀委員長の姿はない。ただの特殊性癖を持った危ないひとである。
 しかし、真のロリコンは幼女をひとりのレディとして見るので、変質者のようにはあはあ荒い息を吐いたり、性的接触を図ろうとしないのだが、梓のこれもそれに近いのだろうか。テンションが上がって忙しないが、不必要に呼吸が荒いこともなく、腹に回した手があらぬところを這う様子もない。純粋に幸久を「愛で繰り倒している」のだ。まあ、それが良いことであるかは、別の話しだ。

(恋愛の方がまだマシでしょう……)

 ガタイのいい十八歳男子が、同い年の高身長男子を抱きしめ「かわいい」と愛でている心に、なんの邪気もないことの方が恐怖である。
 幸久は平気なのか、それでいいのか。
 天井が直視したくない姿に、それでも恐々と視線をやって幸久を見れば、幸久がちらり、と天井を見た。

 にっこり。

 嫣然とする幸久は狩人を目をしていた。
 幸久を愛でるのに忙しい梓は気付かないが、天井はばっちりと正面から見てしまう。

(委員長おおおお、それ、あんたが抱っこしてるそれっ、絶対間違っても天使とかそっち側の属性じゃありませんよおおおおおおお!)

 天井の心の絶叫は、当然、梓には届かなかった。

「あー、かーわいい。もういっちょ、かーわいい」


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