小説
サンタはいるもん〈絲し〉
「じんぐっべー、じんぐっべー」
軽快に歌いながら彼方は針を動かす。手元で着々と完成に近づくのはクリスマスツリーを模した刺繍だ。
「楽しそうだな」
「楽しいよん。あーあ、今年もサンタさん来てくれるかなー」
ちらり、意味深に彼方は玄一を見やるとうくく、と笑って手元に視線を戻す。
毎年、彼方のサンタ役を担っている玄一はげんなりしながら早くも用意された大きな靴下に手を突っ込み、中に入っている紙をチェックする。
「……おい」
紙に書かれていたのは丁度昨夜、彼方と一緒に見ていたテレビ番組で放映されていた人気パティシエの店のクリスマスケーキで、玄一は思わず紙を握りつぶした。
クリスマスシーズン、ケーキ屋は書き入れ時である。それも人気パティシエのものとなれば平時から入手困難なものも珍しくなく、加えてテレビ効果もあってどれほどのプレミアがつくことだろう。
今年こそ却下を下そうかと彼方を見やった玄一は一所懸命針を動かしながら「じんぐっべー、じんぐっべー」とそこしか知らないように歌う彼方の姿に口を閉ざす。
玄一と出会う前の彼方のクリスマスは、サンタとは無縁だったらしい。祖母はそういうところまで目がいかないひとで、両親は離れて暮らしている。幼い時分の彼方は母親のこともあり、自分が悪い子だからサンタが来ないのだとひっそり枕を濡らしてサンタの正体を知る歳になったという。
その話を聞いたとき、玄一はなんとなく、ほんとうになんとなく「サンタはいるかもしれねえぞ」とぼそり呟いた。胡乱な顔をする彼方に紙を一枚渡し、欲しいものを書けと促す。彼方は怪訝な顔をしつつも悩み、紙に真綿のどてらと書いた。中々のぜいたく品である。だが、この業界にいればそんな伝は容易にあるもので、玄一はクリスマスの当日朝早く、彼方の枕元にラッピングされたどてらを置いておいた。目を覚ました彼方は大層喜び、早速着込みながら玄一にお礼を言った。だが、玄一は「俺じゃねえ。サンタさんだ」と頑なにサンタ推しをした。あまりにも頑固にサンタは存在するのだと主張する玄一に彼方は半ば呆れ半ば感動して、その年から彼方は玄一経由でサンタさんにプレゼントをねだることになった。だが、どうあっても玄一にも礼を言いたい気持ちも強いらしく、彼方のプレゼント難易度は年々上がっている。去年はクリスマス五日前にぜんまい紡の着物をねだられ、玄一はどうにか用意した反物を持って駿を拝み倒した。駿曰くあんなに疲労困憊した仕事納めは初めてだったらしい。
そして今年は人気パティシエのクリスマスケーキである。予約はとっくにいっぱいで、当日の店頭販売しか手段はないだろう。しかし、玄一もこういった限定商品にかける人々の情熱をテレビで以って理解している。早朝ならまだしも夜明け前から並ぶひとも珍しくないというこの業界、玄一も鉢巻を締めてかからねばならなそうだ。彼方は今年こそ玄一サンタではなく玄一から直接プレゼントを貰おうという魂胆らしいがそうはいかない。これはもう長年染み付いた意地である。
「彼方、俺イブの夜から出かけるから」
「えー? どこいくのー?」
くふくふ笑いながら問いかける彼方に、玄一はぶっきらぼうに「今年はサンタクロースのプレゼント受付事務所が混んでるんだよ」と滅茶苦茶な言い訳をした。彼方は「ふーん、あっそう」と頷いて「風邪ひかないでね」とだけ言った。今年こそは玄一がサンタだと認めさせる勝算があるらしい。
(この野郎、俺をなめんじゃねえぞ)
そしてクリスマスの朝、彼方は枕元に甘い匂いのする箱を見つけて小さく笑った。
こっそり隣の部屋の襖を開ければ寒そうに布団にくるまる玄一がいて、傍には脱ぎ散らかした結城紡と外套があり帰って速攻布団に包まった様子を知らせる。
「あーあ、今年もサンタさんにお礼を言わなくちゃ」
「玄ちゃんがこんなに頑張ってるのにねー」と彼方はくふくふ笑い、そっと襖を閉める。それからケーキの入った箱を持って台所に向かい、玄一が作ったジンジャーシロップをお湯に溶いて飲みながら、今年のクリスマスも楽しそうだ、と彼方は玄一へのプレゼントであるクリスマスツリーの刺繍がされた額縁を取り出してにんまり笑顔で眺めた。
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