小説
幸せな食卓〈祭〉



 白の作るシチューは美味しい。本人曰く好物だから、とのことだが、それだけではないと隼は思う。

「やっぱりピーマンですかね」
「なにが」

 シチューを食べながら言った隼に、向かいでやはりシチューをスプーンで掬っていた白が顔を上げる。

「白さんのシチューってピーマン入ってるじゃないですか。珍しいと思うんですよ」
「そうか?」
「カレーにピーマンっていれます?」
「いや、いれねえけど。まあ、キーマカレーなら別だな」
「ほら、シチューとカレーって具材大体一緒じゃないですか。ピーマンいれるのやっぱり変わってますよ」
「それでお前さんはそれが不満かね」
「まさか! なんていうんでしょう、独特の風味がついて美味しいと思います。俺、普通のよりピーマン入りのほうが好きですよ」

 隼はにっこり笑ってシチューを食べた。
 白は彩りを鮮やかにするピーマンを掬い、そんなに珍しいかな、と思いながらスプーンを口に運ぶ。

「そういえば、白さんの作る栗ご飯も美味しいですよね。なにか特別なことしてるんですか?」
「特別なことねえ」

 栗名月に因んで炊いた栗ご飯を隼は大層気に入っていた。隼は炊飯器に設置してからきたので、作っているところを見ていない。なので、まだ栗ご飯を上手に炊くコツというものを知らないのだ。

「栗を煮るだろう」
「はい」
「その煮汁をお玉一杯くらい炊くときにお釜にいれるんだよ」

「そうすると風味がよく出る」と白は続けた。隼は感心したように頷き「覚えておきます」と張り切った声を出す。次の年にはきっと一緒に作ることになるだろう。当たり前に共にいる「先」のことを考えて、白は彼にしては珍しく苦笑した。

「あ、白さん」
「今度はなんだい」
「そろそろ甘酒の季節でもありますよ」
「気が早いね」
「だって白さんが作る甘酒も美味しいんでもん」
「もんとか言うな。かわいいから」

 隼は頬を染めて、誤魔化すように大きく切られたにんじんを頬張った。
 隼がにんじんをもぐもぐしている間に、白は「大吟醸の酒かすなら仕入れる当てがあるよ」と言った。白は麹よりも酒かす派だ。

「あの甘酒もなにかコツってあります?」
「俺は日本酒を少しいれてるな」
「あれ、アルコール入りだったんですか」
「アルコールは殆ど飛んでるが、場合によっちゃお廻りにうるさく言われるかもな」
「日本酒もこだわってますか?」
「甘口の日本酒使うと甘味がくどくなるから、その辺は気をつけてるな」

 ひとによっては一晩酒かすを水につけることなく煮溶かすが、それでは美味しくない、と白は断言する。きちんとぶわぶわになるまで酒かすをふやかしてやると、舌触りも滑らかになるのだ。

「白さんってほんとうに料理上手ですよね」
「自分が食うもんなんだから、どうせなら美味いほうがいいだろう」
「そりゃそうですけど、面倒くさいって思ったりしないんですか?」
「あー、パン作りは面倒くさい」
「醗酵とかですか」
「うん、手作りしたくねえな」
「なるほど。あ、そうだ。白さん、今度薄墨ご飯作るとき教えてくださいよ。あなた、あれ好物でしょう」

 白はきょとん、とヤクザ面を無防備なものにさせる。薄墨ご飯は確かに好物だが、それを隼に告げたことはなかったはずだ。白のあまり動かない表情筋から言いたいことを読み取って、隼は少しばかり苦笑いする。

「あなたのこと、俺けっこう見てるんですよ」
「ナチュラルにストーカー発言か」
「違いますよっ。す、好きなひとの好物なら知りたいじゃないですか……」
「ふうん」

 蚊の鳴くような声で言う隼に白はあっさり返し、ちょっとざっくり切りすぎたジャガイモをスプーンで真っ二つにする。かん、と皿にスプーンが当たった。

「薄墨ご飯はな、桜の塩漬けを塩抜きするとき、塩水を使うんだよ」
「真水じゃないんですか?」
「そう」
「それでちゃんと塩抜きできるんですか? 塩水なのに?」
「できるできる」

 隼の不思議そうな顔に向かって白は頷き、ジャガイモをぱくり、と食べた。ほくほくのジャガイモは少し熱いがとても美味い。隼も思い出したようにシチューを掬って食べはじめ、暫くテーブルは無言になる。
 しかし、そんな沈黙もほどなく白の「お代わりいる?」という声で破られ、隼は「是非!」と差し出された手に皿を渡した。

「ねえ、白さん」
「んー?」

 鍋の前に立ってシチューを掬う白の背中に向かって、隼は声をかける。

「白さんの好み色々教えてくださいね。俺一所懸命覚えますから」

 ちらり、と振り返った白は口元を少し悪戯に笑ませながら「じゃあ、土鍋でご飯炊けるようになろっか」と言った。土鍋で上手に炊けたご飯はとても美味しい。隼も白にご馳走になってからそれを知っているので「頑張ります!」と意気込んだ。
 こうして隼の料理の腕はどんどん磨かれ、白好みになっていき、気付いたときにはプロジェクトパープル完遂なのだが、いまの白はそんなことちっとも気付かず「おいしいご飯つくれるようになると心も豊かになるからねえ」としみじみ呟くのみだった。
 あるなんでもない食卓でのことである。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!