小説
世界で一番幸福
キャットが公園に赴くと、そこにはすでにうさぎの姿があった。
「うさぎちゃーん」
「キャット」
うさぎに声をかけてキャットが駆け寄ると、うさぎは前回同様抑揚にかける声でキャットに応えた。
「うさぎちゃん、こんにちは!」
「こんにちは、キャット。今日はなにをするの」
「えへへ、今日はたぶんすずめちゃんが来ますから、それから決めてもいいですか?」
「すずめ?」
「うさぎちゃんと同じ、かわいい女の子ですよ」
「歳も同じくらいです」と答えるキャットの言動の端々には保護者の影響がうかがえる。
うさぎは「ふうん」と動じた様子もなくうなずいた。
「すずめはどんな子なの?」
「やさしいですよ。教会でお手伝いをしています」
「教会の子なの」
「神父様の親戚だって言ってました」
「ふうん。キャットはすずめが好き?」
「大好きですよ!」
「そう」
うさぎがうなずいたとき、公園の別の入り口のほうから「キャットちゃーん」と声がした。キャットとうさぎが振り返れば、すずめが極東の衣装の袖を揺らしながら手を振っている。
「あ、あの子がすずめちゃんです。
すずめちゃーん!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたすずめは見知らぬうさぎの姿に小首を傾げ、キャットに「こちらは?」と問いかける。
「この前話したうさぎちゃんです」
「まあ、あなたが! 初めまして、すずめと申します。よかったら私とも仲良くしてくださいな」
「分かった、仲良くする」
端的にうなずくうさぎにきょとん、としたすずめだが、すぐに破顔一笑する。友達が増えるのはうれしいことだ。キャットもにこにこしている。うさぎの乏しい表情だけが異質だったが、三人ともちっとも気にしなかった。
「さあ、なにをして遊びましょうか――」
間もなく公園にこどもたちの笑い声が響く。
女の殺しは気分がいいものではない。それでも依頼があればダーティベアは標的を殺す。命に違いはない。重みもない。背負っていればきりがない。
「だからそのみっともねえ面をどうにかしろ」
「分かってる」
少しばかり強張っていた顔をフォックスは狐面で隠す。
今日のターゲットは薄氷色の瞳をした女だった。写真を見たときからフォックスの顔にはかげりがあったのだが、ダーティベアは容赦なくその尻を蹴飛ばす。
「まだ引きずってんのか」
「うるせえよ」
「もう調べても大丈夫なんじゃねえか」
「いまさら調べたら逆に怪しいだろ」
「そんなんだったらまた帰ったときにキャットに気を遣わせるだけだろ」
「分かってる……」
ダーティベアはため息をつきながら死体の転がる部屋を出る。
フォックスもついてきたが、その足は見るからに重い。ダーティベアはフォックスの頭を叩いた。
「いい加減にしろ。そんなんじゃ死ぬぞ」
「悪い」
「初恋拗らせるにもほどがある」
「初恋じゃねえよ」
「そんだけの情熱もった恋なんてあれ以外にないだろうが」
たった一晩だけ重ねた肌が忘れられず、フォックスは特定の女を作らない。愛想は振ってもそれは情報を得るための手段がほとんどだ。フォックスが胸襟を開くことは中々珍しい。育ちが育ちなのだから仕方ない。だれかれ構わず信じていたらフォックスもダーティベアも死んでいる。疑わずにはいられない。どんなに酔っても常に頭のどこかが冷静でなければ生きていけない。
それを考えると信頼できる相棒がいて、なんのしがらみもないこどもと暮らしている現在は非常に恵まれている。
ママもまた信頼できる相手だが、ママのためにも少し接触は減らしていくべきだろうか。
「あーあ、誰も彼も幸せになってもらいたいもんだ」
「なんだ、その夢見がち。お前にしちゃ珍しい」
「俺だって近しい人間の幸せくらい祈る」
「そうかよ」
「幸せになれよ」
フォックスは面の裏で泣きそうな笑みを作る。
「幸せだよ」
「ねえ、幸せかい? 黒狼」
具合が悪くなると、ふくろうは黒狼に問いかける。
黒狼はそれにいつも笑顔で同じ答えを返す。
「幸せだよ」
冷えたふくろうの手を握りながら、黒狼は「死にそうなふくろうより、ずっとずっと幸せだよ」と繰り返す。それにふくろうは満足そうにうなずく。
最初の頃、倒れたふくろうに問われた黒狼は泣きながら否定を返したが、ふくろうは弱っているとはとても思えない強い眼差しで「ふざけるな」と言った。
「現在進行形で苦しんでいる僕よりも、きみを置いて逝く僕よりも、きみが不幸だなんてことあるわけないだろう」
置いて逝かれる黒狼は、苦しむふくろうを前になにもできなくて苦しい黒狼は、それでも「そうだね」と言った。
「そうだね、ふくろう。確かに俺はふくろうより幸せだ」
「そうだよ、黒狼。きみは僕より幸せだ。そして、きみに出会えた僕は誰よりも幸せだ。だから、黒狼。きみは世界で一番幸せなんだよ」
以来、黒狼は不幸だと嘆かない。
黒狼は世界で一番幸せだからだ。
それでも黒狼は欲張りだったので、親友をいまより幸せ者にしようとしている。
そのためにはどうしても不老が必要だった。
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