小説
訳あり物件
・友人同士


 祐は友人の引っ越し祝いにビールを引っさげながら新居へと訪れていた。

「けっこういいとこに引っ越したな」
「だろう」
「お前のことだから家賃三万以下のわけあり物件選ぶかと冷や冷やしたが」

 素直な感想をもらせば友人、純は自慢気に胸を逸らす。それがなんとなくいらっとして、祐はついついいらない口を叩く。

「家賃一万のわけあり物件ですが」

 祐は缶ビールを少しばかりへこませた。

「……きれいな部屋に見えるが。立地もいいし」
「故にわけありである」
「おい、まさか……」
「住居者尽くにひと死にが出てます」

 祐は立ち上がり、玄関へと足を向けた。

「帰る」
「まあ、待てよ」

 しかし、純に腕を掴まれて思うように前へと進めない。

「嫌だ、一分一秒だっていたくない。呪われるならひとりで呪われて死ね」
「十年来の親友の言葉とも思えない」
「俺はおばけが大嫌いなんだよっ」

 思わず怒鳴れば純は「どうどう」と馬を落ち着かせるように祐を宥める。

「知ってる。まあ、落ち着けよ」
「落ち着けないに決まってんだろ」

 大嫌いなおばけがいる可能性のある部屋にいて落ち着けるほど、祐の神経は太くない。

「おばけじゃないから落ち着けよ」

 だが、続いた純の言葉に祐はきょとん、とした顔で振り返る。

「……おばけじゃないのか?」

 こくり、と純がうなずいた。

「ただの欠陥住宅だ」

 祐は純の腕を振り払おうともがいた。

「やっぱり帰る」
「帰るなって」

 どんなに振っても純の腕は離れない。

「嫌だ、住人尽くに死人が出るような欠陥住宅に一分一秒だっていたくない」
「風が吹いたら揺れて地震がきたら壁がみしみしいうだけのきれいなお家だ」
「きれいに取り繕う前に補修しろよ」
「大丈夫だ、一ヵ月後に工事するから」
「遅えよ!」

 にっと笑う純の頭を空いてる手で祐は殴った。だが純は堪えた様子もなくけろりと言う。

「もちろん家賃も値上げされるから、工事終ったら出て行くつもりだ」
「馬鹿か」
「というわけで、次の家が見つからなかったら暫く泊まるんでよろしく」

 純が決定事項のように言うのはいつものこととして、それ以前の問題がある。

「……いやいや、一ヶ月もこんなとこに住むくらいならとっとと来いよ」
「ひゅう! さすが親友!!」
「仕方のない奴め」

 苦笑いを浮かべる祐に純はようやく腕を放して万歳をした。

「ひゅうひゅう」
「なあ、ところでさっきからひゅうひゅう煩いんだが」
「俺の口笛が不満か」
「いや、口笛じゃなくて風……?」

 外の街路樹を見る限り、それほど強風が吹いている風でもないのに、やたらと音が響いている。

「わけありなだけあって、やたらと音響くんだよ。風とか足音とかすすり泣きとか」
「…………やっぱりおばけじゃねえかああああ!!」
「はっはっは」

 笑う純を今度こそ置いて、祐は曰く付き物件から逃げ出した。



 それからしばらくのこと。

「もしもし親友いますぐ来て俺を浚ってくれ」

 なんとも誤解を招く物言いで純から連絡がきた。

「おい俺が可愛い恋人といちゃいちゃちゅっちゅのデート中と知っての電話か。あ、違う、俺ホモ違っ……お前マジ覚悟しろよ」

 電話の内容が聞こえてしまった彼女は祐の頬を引っ叩き走り去ってしまった。これは誤解を解くのが大変そうだ。しかし、いまはそれよりも純である。こいつを締めるのが優先である。

「殴ってもいい蹴ってもいいから早く来てお願い」
「ああ、首を右にくるくる回して引っこ抜いてやりに行くから洗って待ってろ」

 唸り声にも似た声で言う祐に純は「うん、待ってる」とうれしそうに返事をした。
 そうしてやってきた例の物件。純の住まい。

「……なにこの廃墟。この前までわけありとは思えない素敵なお部屋だったじゃん」
「悪霊が出た」
「帰……ドアが、開かないっ?」

 即効で回れ右をしようとしたが、ドアはびくともしない。

「残念だったな、一度入ったからには出るのは不可能だ」
「お前こそ俺に憑りつく悪霊なんじゃないの」

 なんでこんな奴と友人をやっているのだろうか、と祐は真剣に考える。

「はい、出るには悪霊鎮めなきゃいけません」
「勝手に塩撒いてろ」
「もう撒いたよ。なにやってんだこいつって顔されたけど」
「見たの」
「S子っぽかった」
「おうちかえりゅー」
「子供帰りしても悪霊は許してくれないぞ」
「鎮まり給え! さぞかし名のある悪霊ともあろう方がなにゆえこのように……!」
「もののけか。悪霊だから荒ぶるんだろ」
「だから早く出てけっていったじゃん! うちにおいでって言ったじゃん!」
「そのための準備を始めた日から、悪夢は始まったのだ……」

 さすがの純もうんざりとしたように零す。

「ここ最近連絡が少ないのはそのせいか」
「通販やネット振込みがなかったら食材やらガスやら供給止まるとこだったぜ」

 曰く、ドアの内側に入れば出られないが、入ってこなければ外からのみドアが開く仕組みらしい。そうでなければ住人のひとりに宅配便屋さんが増えていることだろう。

「やったね発達した文明の勝利だ」

 祐は投げやりに言った。

「といっても、いつまでも株転がして金を稼ぎ引きこもった生活をするわけにもいかない」
「なにそれ、一年で何十足と靴を消耗する保険屋の俺に対する嫌味?」

 こんな家に住んでおいてなんだが、純はべらぼうに運がいい。株や宝くじをやればうっはうはである。

「その健脚で悪霊も蹴り飛ばしてくれ」
「無理、おばけ怖い」

 即答する祐の背後を純はゆっくり指でさした。

「ほら、あの壁の隅!」
「ひぎい!!」

 悲鳴を上げて祐は部屋から「出て行く」

「……あいつ、壁蹴り壊して出やがった……」

 純は半ば呆然としながら大きな穴の開いた壁を見やり、久しぶりに見る外の景色に少しばかり感動した。
 やはり、持つべきものは頼りになる友人である。
 果たしておばけを怖がり壁に穴を開ける友人が頼もしいのかはさておいて。

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