小説
なんという名前の関係だろう
・歌手と同居人


 顔を合わすのは多いほうじゃあ、ありませんよ。
 やれ取材だ、やれライブだ。
 彼は忙しいひとなんで、彼が自宅に戻るのはほんと少ないんです。
 そんな、少ない時間を快適に過ごしてもらうために俺っていう存在がいるんですけどね。
 ああ、申し遅れました。
 俺はどこぞの人気絶頂期またいで、ぱねえ人気を保ち続ける「雪島文人」っていう歌手様のあんまり顔を合わせない同居人の藤色春です。
 ハルじゃないです。ハジメです。
 こんなギリギリの捻った名前つけてくれた親は孝行する前に逝っちまいました。いまじゃ顔も思い出せません。
 親戚も会ったことがありません。施設育ちです。
 というわけで、天涯孤独な俺ですが、けっこう幸せにやってます。
 なんてったって、衣住食は最高レベルで確保してるし、五体満足だし。
 まあ、働くことで見出す生きがいなんてのは無縁ですが。
 見る人によっては俺は立派なヒモ野郎ではなかろうか。
 もしくは、認めたくない事実だが、この童顔低身長のおかげでお稚児さん、とか?
 ああ、薄ら寒い言葉だ。
 二回目ですが、というわけで、俺はとある縁でご立派な歌手様の文人さんに養われてるわけです。
 どうにも文人さんに対して言葉にちっちゃい棘ができるのは、あの人の人格が破綻してるからです。
 普段は上手にカバーしているようですが、腐っても同居人。
 俺にまでは隠す気はないようで、むしろ、俺のせいだとかいう始末。
 あーあ、あのひとどっかの大物女優とスキャンダル起こして音楽界ほされないかな。そうなれば俺の生活もこわれるんだけど。

「今日は帰れそうだよ」
「そうですか。出来ればどっかの女性のベッドで寝てくれませんかね」
「あはは、僕に特定の女性がいないのは知っているだろう?」
「ほほう、特定ではなくより取り見取り、と。ええ、存じております」
「あげ足はよくないよ、春。久しぶりにシチューが食べたいな」
「はいはい、かしこまりました」

 幾日ぶりの文人さんの商売道具の声は、やはり聞き心地がいいと思う。
 通話が切れて用なしになった文人さんに渡された携帯電話には、あの人の電話番号とメールアドレスしかのっていない。
 淋しいことこの上ないが、俺には友人がいないのだ。
 つくる機会もないもんで。
 なんてたって、この無駄に広すぎる高級マンションでだらだら過ごすのが大半。
 スーパーに買い物にいくのがせいぜいだ。
 欲しいものはネット通販で大体ことたりる。勿論支払いは文人さん。
 ああ、本当に駄目人間。いやいや、これも自衛のひとつなんですよ。
 あの人はどうも俺を甘やかし倒したがる節がある。
 自分のためになにかしてやるのはものすごく喜んで、お礼と称して色々と貰うが、俺がバイトだのするのは絶対に許さない。
 あのひとは俺に自立させる気がないらしい。
 鳥籠生活といえば随分と耽美で退廃的で、まあ、いっちまえばくだらいな。とことん自堕落な生活は悪くないけど。
 こんな生活してりゃ思考もループするってもんです。
 とりあえず、文人さんご所望のシチューの材料を買いに、久しぶりに日光を浴びてこようと思います。ああ、めんどくさい。
 お世辞にもかわいいとはいえない性格の俺を、文人さんはいつまで手元においとくんだか。
 素敵なヒモ野郎は棄てられた未来を生きる術すら持っちゃいない。



「ただいま、春」
「風呂沸いてます、飯できてます、俺は寝ます」

 久しぶりに見た歌声同様にぱねえ顔を一瞥、さっさとあてがわれてる部屋に引っ込もうとするけど、あんたはアクションスターかって舞台パフォーマンスをする文人さんにさくっと捕まった。

「ただいま」
「さっきも聞きましたよ」
「ただいま」
「しつけえ野郎ですねおかえりなさい」

 舌打ちしつつ棒読みでお望みの言葉をくれてやれば、なんてうれしそうな顔をするんだ。あんたは愛情欠乏症か。
 国中の若い女はあんたにメロッメロだろうに、まるで施設育ちの俺よりも愛情に貪欲すぎじゃないか。
 というか、俺は施設にいたときから愛情なんざあるにこしたことはないけど、ねだるほど欲しくはなかったですよ。
 ぶっちゃけていえば、文人さんのよこす愛情は重くて暑苦しい。
 俺を引き取りたいっていいだした紳士に承諾した過去の俺を全力で制止したい。

「今日のご飯はなんだい」
「文人さんが食べたいっていったシチューですが忘れていらっしゃるなら冷凍庫で固まった白米でもどうぞ」
「本当に作ってくれたんだ、春はやさしいね」

 いい加減にがき扱いよろしく頭を撫でるのをやめてほしいんですが、言ったって聞きゃしないんだろう。
 文人さんは人の話を聞かない天才だから。この人格破綻者。
 振り払ってさっさとキッチンに行くとすれば、
 なんでかついてくる文人さん。
 心底うっとうしいのを我慢して、コンロに火をかけて鍋をお玉でぐるぐるかき回す。
 電子レンジで温めるのをお気に召さない文人さん。
 ああ、俺ってばなんて健気なんでしょうね。
 めったに帰ってこないくせに、食器のありかをなぜか把握している文人さんが差し出す皿に湯気をたてるシチューをぶち込む。野菜野菜野菜肉野菜。
 そういえば文人さんに好き嫌いはないんでした。肉追加肉追加肉肉。

「はい、どうぞ。召し上がれ。俺は寝ます」
「ありがとう、春。春は夕飯食べてないんだろう? 一緒に食べよう」
「俺の話聞いてます? 聞いてないんですよね、俺は寝ます」
「駄目だよ、お菓子はご飯じゃないんだから」

 笑いながらゴミ箱に突っ込まれてる菓子袋に目をやる文人さんに、俺は舌打ちひとつして、小皿にシチューをぶちこんだ。
 文人さんが帰る前にスナック菓子を貪ったんで、
 結局のところ、腹はすいていない。
 俺の譲歩に文人さんは満足したようで、二人分のスプーンを持ってダイニングに向かう。
 当然のように片手は俺の腕を引いていて、器用にスプーン二本と皿を片手で持つその手を壁にぶつけて足の甲にシチューこぼして火傷しろ、と呪ってみても、呪いが発動する前にテーブルについてしまった。
 しかし、そのまま席に座らず、キッチンにとって返す文人さん。
 このまま寝に行っても連れ戻されるんだろうな、と
 容易に予想できてしまって、ああ、かなしい。
 自分を哀れんでいると、文人さんはティーセットを乗せた盆と、熱湯のはいったポットを持って戻ってきた。ああ、読めた。
 俺の皿の中身は少ない。
 当然、俺は食べ終わったらさっさと部屋に戻るつもりだったのだけど、文人さんはそれを阻止するためにこんなのを用意したんだ。
 なんて小賢しいんでしょうねえ。
 嫌な顔をして椅子に座った俺を、文人さんはにこにこにこにこ笑ってみてる。
 本当に、顔と声だけはぱないのに、なんだって中身だけこんなにどうしようもないんですかね。
 神様の不手際のしわ寄せは、結局は同属にくるんだからやってらんない。
 死んだら一発ぶん殴りたいですよ。
 ちゃっちゃかと皿を空にすれば、計ったようなタイミングで満たされたカップを置かれる。
 顔を上げれば食事中の文人さんの幸せそうな顔。
 俺の視線に気付いて、文人さんも顔を上げて、にっこり笑顔をよこしてきた。

「ねえ、春」
「なんです」
「好きだよ」

 これだ。またきた。
 文人さんは俺を引き取ってから一時間もしないうちから好きだの愛してるだのいってきた。
 家族愛やらなんやらだったらまだいいのに、ぎゅうぎゅう抱きしめられて頬に額に瞼に手のひら手の甲手首に首筋おまけに唇にまでキスされた。
 正直、児童相談所にでも駆け込もうかと思いましたけどね、体撫で回されたり押し倒されたり無理やり風呂を迫られたり同衾せまられたりしたわけでもなく。
 本当に好きだーって表したくて仕方ない気持ちが爆発したときの発作のようなもんでして、だったらこの生活棄ててまで逃げなくてもいいかなーとか流されたんですよねー。あー、馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
 死ね自分って思ったのは一回や二回じゃないですよ。
 現在も流され街道まっしぐらな俺は呆れた顔をしているんでしょう。

「春、大好きだよ。
 いつか、春が僕のことを好きになってくれればいいのに」
「だったら性格矯正してきてください」
「いまさら、僕が真人間になったら春は僕を脳外科医に連れて行くと思うよ」

 いやな自覚があるもんだ。その通りだろうけど。


 いつの間にか食べ終わった文人さんが、
 俺の分の食器まで片付けてキッチンに向かうのを見送る。
 まだ、中身が残っていたから片付けられなかったカップも、置いて部屋に戻れば文人さんが片付けるんでしょうね。
 本当に、どうしようもない人ですよ。
 溜息をついて伏せられたままのカップにポットの中身を注ぎ、半分以上なくなっていた自分のカップにも注ぐ。
 戻ってきた文人さんは驚いた顔をしてから、嬉しくて仕方ないって顔をするんでしょうね。

 ばかなひとですよ、ほんと。

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あきゅろす。
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