小説
清とわたし
・ストーカーと少年


 私が彼の少年、清と出会ったのはまったくの偶然だった。
 その日、私はいつもどおり少々後ろ暗い仕事を終えて帰路についていたのだが、ふと聞こえてきた祭囃子に足の方向を変えた。
 近所の公園でやっていた祭は小規模ながらも人手が多く、中々に賑わっていたように思う。
 そんな大勢のなか、私は清を見つけた。
 清は浴衣に兵児帯をひらひらさせて、チョコバナナを頬張っていた。頭の後ろにはなにかのキャラクターもののお面をつけていて、チョコバナナを持っているのとは反対の手には金魚の泳ぐ袋を提げている。祭を存分に満喫している清の姿は他の少年少女とまったく変わらないのだが、何故か私の琴線をかき鳴らして止まない。
 私は人ごみに紛れて清を観察し続け、気付けば家まで尾行していた。清が家のなかに入ったのを木陰で見送ってから我に返った私は急ぎ帰路に戻ったのだが、どうしても清のことが忘れられず徹底的に清のことを調べつくした。
 清はどうということのない経歴の持ち主だった。いまは小学生二年生で頭はいいほうらしく成績は優秀。友達もそこそこいるらしく約束をしていなくても公園を訪れれば遊ぶ相手がいるくらいには社交的な性格をしている。好物はメロンだと知ったときには私は高級メロンの詰め合わせセットの懸賞はがきを偽造し、清の家に送った。後日、懸賞はがきが戻ってきたので私は早速高級メロンを清の家に送った。家族揃って外出した隙に仕掛けた盗聴器のおかげで清の喜ぶ様子がよく伝わってきて私はうれしかった。
 盗聴器の仕事はとても優秀で、私は清が歳に比べて精神年齢が高いことを教えてくれた。たとえば母親に言われる前に宿題を終わらせるところや、手伝いを嬉々として買って出るところ、酒の入った父親の会社での愚痴をうんうん聞いてやるところなど、私は微笑ましくて始終和やかな気持ちになった。
 そんな清だが小学三年生になる頃、いじめっ子に目をつけられた。清のなにがそんなに気に食わないのか知らないが、クラスのガキ大将だったいじめっ子はクラスメイトに清と口を利くなという命令をした挙句、清の私物を破損させたりなどを繰り返した。清は泣かなかったが、壊れてしまった筆箱を手に母親へ謝る姿が震えていたのを隠しカメラで私は見ている。
 私はいじめっ子の家を調べつくした。そうして発覚するいじめっ子の生活環境の悪さ。互いに愛人を持つ両親は毎日絶えず罵りあいを繰り返し、ときにはいじめっ子に手を上げる始末。私はいじめっ子に同情した。だが容赦はしなかった。

「坊や、お小遣いが欲しくないかい?」

 いじめっ子を調べるついでにクラスメイト全員も調べた私は一番頭が悪そうで、それが理由でいじめっ子にしょっちゅうからかわれている子に声をかけた。初めは警戒していた子だが、ひとに取り入るのは慣れたもの。私の小遣いをちらつかせた「提案」をその子は嬉々としてうなずいてくれた。
 翌日、教室に仕掛けた隠しカメラはその子がいじめっ子の家庭環境を大勢の前で指摘して「お前いらない子じゃん」と嘲笑う姿を映してくれた。いじめっ子は真っ赤な顔になったあと、真っ青になり、ランドセルも持たずに教室を飛び出したきり不登校になった。命令を下すガキ大将がいなくなったクラスは再び清を受け入れた。子供社会とは現金なものだ。
 しかし、清の平穏は再び失われることになる。
 清の両親が事故で亡くなったのだ。その日は清の両親の結婚記念日で、気を利かせた清が留守番をしているからふたりで出かけるよう促してのデートだった。自分の所為で、と清は甚く心を痛めた。しかも、清は祖父母もすでに亡く、いるのは遠縁の殆ど顔も知らない親族ばかりだった。私はなにかのために作っておいた戸籍が役立つときがきたと立ち上がる。
 喧々囂々と清の引き取りを押し付けあう葬式会場に、私は着慣れた黒いスーツで訪れる。

「清くんでしたら私が引き取ります」

 誰だ、といぶかしむ親族に作りたての戸籍上の関係を告げれば、そんなやつはいたか、と困惑した顔を見合わせあっている。

「遠縁も遠縁ですが、生前清くんのご両親にはお世話になりました。これもなにかのご縁です。それともあなた達が清くんを引き取りますか?」

 親族は厄介ごとはごめんだ、とばかりに今度は笑顔で「そんなひとがいるなら清くんも安心だ」と言い出した。清の周囲には身勝手な人間しかいないのだろうか。私は呆れながら「ではそういうことで」と言って、親族の言い合いに堪え切れず庭に出て行った清を追いかけた。

「清くん」

 清は庭でしゃがみ込み、たんぽぽを眺めていた。私が後ろから声をかけると立ち上がりぺこ、と頭を下げる。

「私は清くんと暮らしたいのだけど、清くんはどうしたい?」

 頭を上げた清に問いかければ清は目を丸くして、それから「叔父さんたちは?」と問いで返した。

「……残念ながら」

 それだけで聡い清は察したらしく、また頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。

「うん、よろしく」
「あの」
「なんだい?」
「あなたのお名前なんですか?」

 私は戸籍に載っている偽名を告げた。本名などあってないようなものなので、清が呼ぶ名前が私の名前だ。
 清が私の名前を繰り返す。私は全身がぞくぞくするような喜びに、思わず清の頭を撫でた。初めて触れた清の感触はすっかり私の職業が清にバレてしまった現在でも忘れられない。それこそ、ことあるごとに清の頭を撫でるのが癖になってしまうほど。

「あの、僕もう二十歳なんですけど」
「清がいくつになっても私のかわいい清には変わりないよ」

 戸惑うよりも呆れに近い清の声すら心地よく、私は上機嫌に笑う。
 そういえば、清への執着が最近恋情に変わってきているのだが、伝えるのはいつがいいだろう。
 私は考えながら清の頭を撫で続けた。それに頬を染める清に気付かなかったのは人生最大の不覚だろう。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!