小説
過敏症
・非王道
季節は秋、突如現れた転入生。ある特殊な趣味を持つ男子生徒が「王道展開くるか!」と色めきたった全寮制男子学園だがしかし、男子生徒が涎をたらさんばかりに期待した展開は訪れなかった。
「おい、あーけーろーよーっ」
ドンドンドン、ドンドンドン、ズンチャカチャッタズンドコドン。
転入生によってリズミカルに叩かれる生徒会室のドア。しかし、そのドアが開かれることはない。
転入生がやってきてから見られる光景に生徒たちは哀れむような目をドアの向こうに向けている。
話は転入生がやってきたときに遡ろう。
警備員が開けるのを待ちきれず校門をよじ登って学園の敷居を跨いだ転入生を待ち構えていたのは、マスクにサングラスをつけたひとりの青年だった。
「ようこそ、学園へ。理事長室までの案内を任された者です。ついてきてください」
早口でそれだけを言った青年は、転入生の返事も待たずに背を向けて歩き出す。
「ま、待てよっ。お前名前は? 俺、春樹っていうんだ、友達になろうぜ!」
「そうですか、私は古瀬です。あと友達はなろうと思ってなるもの派ではないので遠慮します」
「なんでそんなこというんだよっ」
今まで自分の好意をここまですげなく無碍にされたことのない春樹は憤慨したが、青年の足は止まらない。むしろ早まっている。
「あ、そのマスクとサングラスといい恥ずかしがりやなのか?」
「違います」
「じゃあ趣味か?」
「どんな変質者ですか。それも違います」
「ファッションとか?」
「んなわけないでしょう。というか無駄に呼吸させるのやめてもらえませんか」
それっきり古瀬は黙ってしまい、春樹がどんなに話しかけても答えてくれなかった。
そのことを少し不貞腐れながら案内された理事長室で待っていた叔父に話せば、彼は「仕方ないんだよ」と困ったように笑っていた。
それから暫くした夕食の時間。食堂へと赴いてオムライスを貪っていた春樹は急に響いた黄色い声に驚き顔を上げる。すると周囲の人間が一斉に同じ方向を向いている。春樹も倣えば視線のさきにマスクとサングラスをつけた集団を見つけた。
「あいつらなんなんだ?」
「生徒会の皆様だよ」
クラスで隣になった生徒に話しかければ、簡潔な答えが返ってくる。
「グラサンとマスクで区別つかねえけど、俺の迎えに来てくれた古瀬もあのなかにいんのかな」
「古瀬といえば多分副会長だね。ああ、お労しい……」
「お労しいってなんだよ」
「ただでさえ色々あるのに迎えなんて雑事まで担わなきゃいけないんだから労しい以外の言葉が出てこないよ。あ、きみを軽んじてるわけじゃないよ?」
言葉を付け足されても春樹が感じた不快感は払拭できない。
だが、そうこう言っている間に生徒会役員らしいマスク集団はトレイを両手に食堂を出て行ってしまった。
「あいつらここで食わねえのか?」
「特別室があるんだよ」
「そんなの横暴じゃねえ?」
「そんなことないよ。あの方たちは頑張ってるもの、それくらい用意されて然るべきだよ」
なんだか宗教の信者を見たような気分になって、春樹はそれ以上問いかけることをやめた。
だが、謎のマスクへの好奇心だけはむくむくと膨らみ、春樹は生徒会室を訪れることを決意する。
決意したはいいのだが……――
「生徒会室は現在立ち入り禁止だよ」
翌日の昼休み、早速生徒会室に向かった春樹を足止めしたのは小奇麗な顔をした少年だった。手にはなにかのスプレーを持っている。
「なんでだ? っていうかお前誰だよ」
「生徒会の皆様をわずらわせないためだよ。ぼくは生徒会親衛隊総括。生徒会の皆様を応援、負担を排除するのが役目」
「負担って……俺は騒いだりしないぞっ」
「いるだけで迷惑ってあるんだよ」
そう言って少年は春樹にスプレーを吹きかけた。
「ぶわっ」
春樹が怯んだ隙に少年はべしべしと春樹の体中を叩く。
「なにすんだっ」
「生徒会の皆様に近づくならこれくらいは覚悟してもらわないとね」
言うだけ言うと少年はもう用はないとばかりにその場を去っていく。あまりの仕打ちに腹を立てた春樹はそのまま生徒会室へと向かった。生徒会親衛隊総括の仕打ちは生徒会に償ってもらおうと思ったのだ。
が、肝心の生徒会室のドアはどんなにノックしてもドアノブを捻っても開くことがなかった。最初こそ「どちらさまですか」と聞き覚えのある声が誰何したが、名乗れば「申し訳ありませんが現在生徒会室への入室はご遠慮ください」という返事があったきりだ。
それを数日繰り返している。
「なーなー、なんで入っちゃ駄目なんだよー」
「こちらにも事情があるんです。というかドアをドンドン叩くのやめてください、埃が立ちます」
「じゃあ、入れてくれよ」
「無理です」
「いつになったら入れてくれるんだよー」
「……私たちだって早くここから出たいんですよ」
でも出られないと聞こえた声は鼻声だった。
「お前たち、もしかして閉じ込められてるのか?」
「そうですね、そうかもしれません。でも、私たちの安息の地はここしかないんです」
春樹ははっとする。この学園は少々特殊で同性愛がまかり通っている。それだけならばまだしも、時には強姦などというひとの尊厳を踏みにじる犯罪まで起きているらしい。もしかすると古瀬たちはそういった下衆に狙われやすいのかもしれない。だからできるだけ一般生徒が入れない生徒会室にいるようにしているのかもしれない。そう思えばあの謎のサングラスとマスクもひょっとしたら秀麗かもしれない顔を隠すためのものなのかもしれない。かもしれない、かもしれない。春樹の中で想像が膨らんでいく。
「大丈夫だ! 俺がお前たちを守ってやるから、お前たちは外へ出ても大丈夫なんだ!」
根拠のない自信から宣言をして、激しくドアノブをがちゃがちゃ言わせた。数日に渡り乱暴を受けていたドアノブは限界だったのだろう。とうとう、嫌な音をたててドアノブはドアから永遠に離別してしまった。
そしてギギ、と音をたてて開くドア。中から響く驚きと悲鳴の声。それとは別の唸り声。
「もう大じょ……」
「ぎゃああああ花粉がああああああ!」
「ハウスダストが、蕁麻疹がっ」
「ぶえっくしょい、ふぇーっくっしょいっ」
数台に渡り設置された空気清浄機の隙間を縫うようにマスクとサングラスを外していた生徒会役員が転がりまわる。そして再び「転がらないでハウスダストがっ」と悲鳴が上がる。
「……なんだこれ」
「なんだこれじゃないよ、なんてことしてくれたのっ? 埃落としスプレーもしないで生徒会室に入るなんてアレルギー持ちの皆様を殺す気っ?」
「うおおっ」
後ろから駆けつけてきた親衛隊総括が春樹に向かって埃落としだったらしいスプレーを散布しまくる。
「皆様、ドアはすぐに閉めます、ほんの少し辛抱してくださいっ」
ぺいっと襟首掴んで春樹はつまみ出され、ドアノブの外れたドアは閉められる。中から未だに激しいくしゃみが連発されるのが聞こえた。
「あ、アレルギーっていったい……」
「はあ、ちゃんと説明してなかったっけ? 生徒会の皆様はとても有能だけど神は二物を与えなかった。皆様ブタクサ、ハウスダストのアレルギーなんだよ。症状こそくしゃみ鼻水目の痒みに蕁麻疹で喘息まで至ってないけど、アレルゲンには敏感でね……そこへ埃も落とさないきみがドアを開けて入ってくるもんだからこの様だよ……」
「お、俺知らなくて……」
「学園では周知だったからね、その辺りはぼくたちも悪かったよ。でも、今後は生徒会の皆様に近づかないで。用があるときはしっかり埃と花粉を落としてくること」
そういって親衛隊総括はスプレーを春樹に押し付け、ドアの件について何処へと連絡を始めた。
春樹は好奇心が自分だけではなく相手をも殺すことを学び、反省したのであった。
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