小説
怪(前)
・微ホラー
・店長とバイト


 大学の先輩に、なにかいいバイトはないだろうか、と尋ねたのは、生ぬるいという表現こそ生ぬるい、熱風が吹く残暑のことだった。

「ああ、丁度いいな。明後日付けで俺もバイトやめるんだけど、その店がやっぱり人手欲しいっぽいんだよね」
「へえ! どんな店っすか?」
「んー、古物商……かな? 雰囲気としては図書館の鍵付き書庫みたいなところ。
 そこの店長がさ、けっこう店を留守にするから、その間に誰かいると便利なんだとさ。あ、店長はここ卒業した先輩でさ、文芸部で部長やってたひとだから、知ってるひとはそれなりにいると思うよ」

 からり、と笑う先輩の目が細まり、目元の隈がくっきりした。一時期から先輩はうんざりともげっそりともいえない雰囲気を肩に背負っている。

「仕事は主になにすりゃいいんすかね」
「まさに留守番。客が店長に用あって、店長がいなけりゃ言付けあずかったり、物売りにきて店長いなけりゃ、連絡先きいてとりあえずお帰り願ったり。物を買いたがって店長いなけりゃ、連絡先聞いてお帰り願ったり。まさに、店長ありきの店なんだよね。ほんとうに、バイトの仕事つってもただの留守番。まあ、時々、店長の外出に付きあわにゃならん」
「なんか、変わってません? で……時給は?」
「時給じゃなくて、日給制。夕方三時から、九時までで一万円。ただし! 店長が来いって言ったときには深夜でも確実に行かなきゃなんねー。行けない日は事前にいわないと駄目。言わないで、行けませんはアウト。それ以外では好きにしろって」

 なんだか、面倒臭いな。そう思ったのが最初だが、三時から九時まで、六時間で一万円はおいしかった。しかも、好きなときに行けばいいときた。毎日いけば、そこらのサラリーマンよりもいい給料だ。
 幸い、自分は男なので夜に出歩いたとしても、そこまで心配することはない。なにより、深夜にコンビニへ、なんてざらなのだ。
 先輩は俺が一万円に心惹かれているのを見通して、連絡先をさらさらっと紙に書いてくれた。もちろん、俺は礼をいって受け取るのだ。
 先輩がバイトを辞めた理由を聞き忘れたことに気付いたのは、すでに俺がバイトを始めてしまった後だった。



 店長は変人だ。自信をもって言える。
 店長には放浪癖がある。断言できる。
 先輩に紹介されたバイトは、簡単な仕事のわりにとんでもない店だった。俺はなんども辞めようと思ったし、泣いたし、死ぬんじゃないかとすら思った。
 しかし、間の悪い、いいや、計ったようにバイトを始めてしばらくした頃の俺は金銭的に困る事態になったのだ。大学は実家から離れているため、俺は大学の傍のアパートで一人暮らししている。学費のほかに、幾ばくかの仕送りを受け取り、自身もバイトに勤しんで生計をたてていたのだが、父親が出先で怪我をした。随分と複雑な骨折をしてしまったらしく、治療費や入院費が嵩むため、これを機に親の仕送りを期待するな、といわれてしまったのだ。
 仕方が無い。当然ともいえる。なので、文句はないが、金というのはなにかと入用なのだ。バイトを増やしこそすれ、遊ぶ余裕が出るほどの給料を出してくれるバイトをやめるというのは狂気の沙汰だ。
 現実問題として、俺はバイトを辞めるわけにはいかなかった。

「椎、出かけるぞ」
「いってらっしゃい!」

 店長は馬鹿を見る目で俺を見たが、俺は頑固に馬鹿っぽくも明るい笑顔で店長に手を振り続けた。

「お前も一緒に行くんだよ」

 予想済みの絶望的な台詞をいただいたが、めげるわけにはいかない。

「いやだなあ、バイトの仕事は留守番ですよ!」
「ばかやろう。留守番にやれるのは飴玉ぐらいだ。日当欲しけりゃ、店長のいうこと聞いてきりきり働け」

 店長の目がぎらり、と光る。
 なんたること、この店長は俺がおとなしくついていかなければ、本気で飴玉しか出さない気だ。労働法だの、人道だのに訴えたいが、そんなもの店長は鼻で笑うだろう。そして、俺は怒ってこの高給バイトを辞めるわけにはいかないのだ。なんたること!

「……どこに、なにをしに、いくんですか」
「美容院にゆるふわカールきめにいくんだよ」

 俺は内心で店長をうそつきと罵った。

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あきゅろす。
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