小説
策略と友達



 黒狼とふくろうは隣り合って一冊の本を読んでいた。

「カノジョは美しかった。
 どんな男より、どんな女より、どんな動物よりも美しかった。
 東の国で作られる蝋燭を思わせる肌も、選りすぐりの絹糸を思わせる白金の髪も、野いちごのような瞳もすらりと長い手足もなにもかもが美しかった。
 その異常さに気付いたときは誰もが手遅れで、誰もがカノジョに傅いた。そして異常などなかったように崇拝者としてカノジョを敬うのだ。
 誰も気付いてはならぬ。カノジョの異常に気付いてはならぬ。
 カノジョこそ眠らぬ街の王。カノジョこそ眠れぬ夜の吸血鬼。カノジョこそAluc……ここで途切れちゃってるね」
「でも十分だよ、黒狼。VAMPIREのアルクエルド、彼こそ不老の吸血鬼だ」
「でも、気付いちゃったら俺たちも魅了されちゃうのかな」
「そうだろうね。気付いてることに気付かせないっていうのはきっと無理だ。僕たちはあの街のなかで異質過ぎるから」
「じゃあ、どうすればいい?」
「あの子を使おう」
「ああ、うさぎ? そうだね、目が見えないあれなら魅了のしようがないかもしれないね」
「そういえば出入りしているこどもがいるんだろう?」
「うん、殺し屋の養い子だよ」
「その子に近づかせよう」
「分かった」
「黒狼」
「なあに、ふくろう」
「うさぎには必要以上に知らせちゃ駄目だよ」
「うん、分かってる」

 黒狼とふくろうは笑い合った。

「黒狼、これで吸血鬼はきみのものだ」
(そうだね、ふくろう。これで不老と花はふくろうのものだよ)



 キャットは公園で遊んでいた。先日フォックスに指導された逆上がりはすでに習得しており、それでも新しくできるようになったことがうれしくて、キャットはくるくると鉄棒を回る。

「ふう……」

 ひとしきり遊んで満足したキャットは、ふと公園にひとりの少女が入ってくるのを見つけた。すずめと同い年ほどだがすずめではない。顔立ちも東ではなく西よりだ。
 少女はきょろきょろ周囲を見渡し、それからゆっくりとキャットのほうを向いた。
 ぼんやりした目をしているとキャットは思った。
 すずめの黄身色をした目とは違い、少し曇ったような茶褐色の目はキャットのほうを見ているのに、もっと遠くを見ているようにも見える。
 キャットが挨拶をするべきか考えていると、少女のほうからキャットに歩み寄ってきた。

「こんにちは」

 抑揚のない声で少女は挨拶をする。

「私はうさぎ。あなたのお名前は?」
「キャットって呼ばれています」
「そう。私、最近こちらに来たの。よければお友達になってほしい」

 差し出された手は握手を求めているのだろう。キャットはどうしたものかと考えたが、うさぎに「街」の悪童特有の目付きの悪さがないのを感じて、その手をとった。

「僕でよければよろこんでです! うさぎちゃんって呼んでもいいですか?」
「好きによんでいい」
「じゃあ、うさぎちゃんも僕のこと好きなように呼んでください」
「分かった、キャット」

 うさぎがうなずけば、長い薄茶のツインテールが揺れる。

「うさぎちゃん、なにをして遊びますか?」
「キャットはなにをしていたの」
「僕ですか? 僕は鉄棒で遊んでいました」
「鉄棒」
「逆上がりがようやく出来るようになったんです」

 照れくさそうにキャットが言うと、うさぎは恐る恐るというか、ぎこちなく鉄棒に手を伸ばし形を確かめるように撫でた。
 キャットはその動作を見て不思議そうに首を傾げたが、ふとうさぎの曇った目を見て「そういうこと」なんじゃないかと思い至った。

「私もやる」
「え、だ、大丈夫なんですか?」
「友達がやっていることはやってみたい」

 言うなり、うさぎは鉄棒を掴んでぐるり、と前回りをした。その危なげない動作にキャットはうさぎの目のことは自分の勘違いだったのかと思いなおす。

「逆上がり、これと逆のをやればいい?」
「えと、はい、そうです」
「やってみる」

 一回目は失敗した。しかし、二回目でうさぎは逆上がりを成功させた。キャットは悔しさも湧かず純粋にすごいと思い拍手をした。

「すごいです、うさぎちゃん! 僕何回も練習しなくちゃできませんでした」
「運動は得意」

 抑揚のなかった声が少しだけ弾んで聞こえる。

「僕はいまいち運動に向いてないみたいだから羨ましいです」
「特訓すれば大丈夫。私も最初は失敗ばかりだった。でも、ちゃんとできたら褒めてもらえるからがんばった」

 うさぎの口角が少しだけ上がるのを見て、キャットまでうれしくなった。
 出会って間もないが、友達がうれしいことは素直に喜べるのがキャットの美徳だ。

「うさぎちゃん、土団子作ったことありますか?」
「ない」
「じゃあ、いっしょに作りませんか? いまはいないけど、すずめちゃんっていうお友達が作るのとっても上手なんです。僕も特訓中なんですよ」
「すずめ」
「はい、東の国の服がよく似合う子なんです」
「キャットはその子が好き?」
「はい!」

 迷いなくうなずいたキャットにうさぎは抑揚のない声で「そう」とうなずいた。

「キャット、私すずめとも仲良くなりたい」
「会えばきっと仲良くなれますよ」
「ほんとう?」
「はい」

 うさぎは初めて分かりやすい笑顔になった。

「――それなら、よかった」

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あきゅろす。
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