小説
近づくもの



 キャットはフォックスと本屋を訪れていた。昔から「街」にある本屋は低俗な雑誌と一緒に文豪の絶版本が置いてあるようないい加減さだが、掘り出し物もあるため足を運ぶ者はそれなりにいる。
 キャットのお目当ては「よい子のけいじさいばん」」というシリーズ本である。同シリーズに「よい子のみんじさいばん」等がある。フォックスはくちなわに貰ったという一巻目を読んでダーティベアとともにえらく微妙な顔になったものだ。シュールにもほどがある。そんなけったいな本、ここの本屋くらいでしか取り扱っていない。

「じゃあ、探してこい」
「はい!」

 キャットがとてとてと本棚の間を歩き始めたのを見届けて、フォックスもまた自身の暇を潰すための本を探す。
 フォックスは旅行案内の本が好きだ。今日の気分は情緒あふれる古い風景を残す町並みで、そんな国の本はないかと本棚に並ぶ本を指で示しながら探していく。

「あん?」

 そうして探していると、比較的新しい本の中、妙に古めかしい本を見つける。タイトルは「街」とシンプルなもので、興味を惹かれて抜き出してみればどうやらこの「街」の古い時代を綴ったものらしい。挿絵もあり、そこにはフォックス好みの古めかしい風景が写実的に描かれている。

「ふうん」

 うなずきながらフォックスはページを捲っていく。
 綴られている文字には簡易な「街」の成り立ちと人々の暮らし、当時の流行などが記されており、フォックスは意外にも当時は活気溢れる「街」だったことに感心する。いまでは後ろ暗い連中の巣窟だが、昔からそうだったわけではないらしい。
 そうしてページを捲っていくと、流行の終わり辺りに「吸血鬼」の文字を見つけた。
 いきなりのファンタジックにフォックスは眉を顰めるが、とりあえずは読んでみる。

 カノジョは美しかった。
 どんな男より、どんな女より、どんな動物よりも美しかった。
 東の国で作られる蝋燭を思わせる肌も、選りすぐりの絹糸を思わせる白金の髪も、野いちごのような――

「おじちゃん」
「うおっ」

 突然声をかけられフォックスは本を思わず閉じてしまう。それから声のしたほうを向けば、キャットが一冊の本を抱えて不思議そうにフォックスを見上げていた。

「ああ、キャットか。本、決まったか?」
「はい、これいいですか?」

 キャットは抱えていた「よい子のけいじさいばん三巻」をフォックスに差し出し窺うように見上げる。フォックスは自分が持っていた本を本棚に戻すとキャットの頭をくしゃくしゃと撫でてやり「他にはいいのか?」と問いかける。キャットはうなずいた。シリーズものなのだから全部揃えてしまえばいいものを、キャットは一冊いっさつ理解してからでないと次をねだらない。つまり、キャットの頭には既に簡単な刑事裁判についての項目が引き出しとなっているということだ。その事実に気付いたとき、フォックスとダーティベアは末恐ろしさに家族会議を開いた。

「……まあ、キャットが選んだことだしな」

 家族会議の決定でもある一言を零し、フォックスはキャットから本を受け取ると、半分寝ぼけているような爺さんがひとりいるレジに向かう。
 その頃には「街」の本のことなどすっかり忘れていた。



「なんかここで珈琲飲むのも久しぶりな気がするな」
「刑事さんが出入りしているからじゃない?」
「原因はそうなんだろうが、なんか俺自身の影が薄いような気がしてならねえ」
「白熊フェイスがなに言ってるんだか」

 ママからサーブされた珈琲を受け取り、ダーティベアは腑に落ちないという顔をする。もっとも、その顔は白熊のフェイスパックタオルに隠されているのだが。

「それでくちなわの野郎とは順調なのか?」
「そうね、おかげさまで」
「その割にゃ店休んでねえな」
「下世話」

 ぴしゃりと言われダーティベアは肩を揺らしながら「悪い悪い」とまるで悪びれずに言う。

「でもデートくらいしてもいいだろう?」
「刑事さんも忙しいんだから仕方ないでしょう」
「あいつが忙しいとろくなことねえ」
「いいじゃない、目が他にも分散してるってことなんだから」
「ママも面白くないんじゃねえか?」
「あいにくとそんなことでやきもきする歳じゃないわよーだ」

 つん、とばら色の唇を尖らせて横を向くママは可愛くなったとダーティベアは思う。昔から例えようもなく美しいひとだったが、ここ最近は可愛く見えるのだ。それはくちなわに因るものだろうとダーティベアは分かっている。自分のオンナをかわいくさせるのは男の度量のひとつだ。

「はあ、ママもすっかり他人の男か」
「なあに、寂しいのかしら?」

 ころころおかしそうに笑われるが、ダーティベアは何も言わずに肩を上下させる。こんなことでむきになるほどこどもではない。

「そういうくまちゃんは誰かいないのかしら?」
「特定のオンナは作らねえよ」

 キャットがいればとても聞かせられない会話だ。

「私としてはさっさと身を固めて引退すれば? ってとこなのよねえ」
「引退するにゃまだ早えよ」
「『死ぬ』まで時間かかるんだから今こそ、じゃない?」
「生憎育ち盛り抱えてるんだ。まだまだ稼いでおかねえと将来笑って送りだせないだろ」
「案外泣いたりして」
「誰が泣くか。そういやキャットが最近はまってる本紹介したのくちなわだろ」
「ああ、よいこのさいばんシリーズ? そうだけど、なにかいい本ないですかって訊いてたのはキャットちゃんよ」

 ダーティベアは無言で組んだ両手に顔を埋めた。

「ママ、俺はキャットの反抗期が本気で怖い……」

 ダーティベア心からのうったえに、VAMPIREはママの笑い声で包まれた。

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