小説
物騒な日常



 ダーティベアは煙草を吸うが、実はそれは極々偶にであったりする。というのも商売柄匂いなどつけないほうがいいからだ。しかし、かといって無臭であるのも不自然なのでダーティベアはほんとうにたまに、自身に染み込まない程度に煙草を吸う。勿論、銘柄にこだわりは持たない。

「しかし、安い煙草は不味いな」

 仕事の帰り道、治安の悪い道端でこどもが売っているのを買ったが、しけもくを巻きなおして作られたであろう煙草はなんとも味気なかった。
 元々本数はいらないので一本、二本単位で売られるそれでもいいとその場では思ったのだが、今度からはやめようとダーティベアは心に決める。どうせ嗜好品である。不味いものを態々好んで吸う理由はない。

「熊のおじちゃん、お煙草ですか?」
「ああ、煙いか?」
「ううん、変なにおい」
「そりゃよくねえな」

 ダーティベアは笑いながら灰皿に煙草を押し付け、部屋の窓を開ける。カーテンが風に揺られて部屋の中がきらきらと陽光できらめいた。
 キャットが「わあ」と声を上げる。なんてことのないものに一々感心する姿は微笑ましく、ダーティベアは自然と笑顔を白熊のフェイスパックタオルの裏に浮かべた。

「それでキャットはどうしたんだ?」
「あ、狐のおじちゃんがお仕事のお話があるから呼んできてって言ってました」
「そうか、了解」

 ダーティベアは凭れていた椅子から立ち上がり、通りすがりざまにキャットの頭をくしゃりと撫でる。仕事の話はこどもに聞かせるものではないので、キャットはいつも別の部屋で待機だ。
 ダーティベアがフォックスのいるであろうリビングへ向かうとそこにはやはりフォックスがいて、椅子の背凭れにだらしなく全身を預け、仰向いた顔に狐面を乗せていた。

「おい、不審者」
「お前にだけは言われたくねえよ白熊パック野郎」
「で、なんかあったのか」
「ターゲットの補足場所でちょっとな」

 フォックスはジャケットの隠しから一枚の封筒を取り出すとダーティベアに向かって鋭く投げつけた。難なく捉えたダーティベアはその封筒が何らかの招待状であることに気付き眉間に皺を寄せる。

「ターゲットは近く国外に出る。ベストな日取りはそのパーティーだ」
「おい、まさか」
「くちなわも招待されてるらしい」

 蝙蝠から買ったであろう情報にダーティベアはきりきりと歯軋りをする。
 蝙蝠曰く、自身の実家からママを送ってきたくちなわはそれはそれは上機嫌で(しかしママはどこかげっそりしていた)仕事のほうも順調に進ませているらしい。そこへ水を差すようにダーティベアが仕事をすれば――

「さらに恨みを買うじゃねえか……」
「恨まれてなんぼの商売つったって、俺だって蛇の執念深さはうんざりだよ」
「この仕事断るか?」
「馬鹿言えよ」
「だよなあ」

「あー、いやだ、いやだ」と肩を竦めてダーティベアは世の無情を嘆く。ほんとうに嘆きたいのは命を狙われている標的だろうが。



 かくして恙無くダーティベアは仕事を終えた。
 そして全力逃走の真っ最中である。

「待ちなさい、ダーティベア!!」

 招待客に紛れ、ナイフを用いた犯行は気づかれるまで間があったが、やはりくちなわの異変察知能力は異常だ。標的が声もなく崩れ落ちるやいなや、今まで優雅に誰ぞと会話をしていたとは思えない速さですっ飛んできた。
 ダーティベアもすぐに白熊のフェイスパックタオルを着用してその場から走り出したが、悠長に玄関へ向かっている暇はない。
 走りながら取り出したのは銃だ。途端、悲鳴と怒号が上がるが、それをかき消すように発砲音とガラスの破砕音がして、辺りは一瞬静まり返る。その内にダーティベアは割った二階の窓から身を翻した。着地と同時に転がり衝撃を殺すと俊敏に起き上がりまた駆け出す。
 連絡メダルで駆けつけたであろう警備員が前方からやってくるが、全て足を撃ち抜いた。ダーティベアは金にならない殺しは滅多にしない。
 我ながら余裕だな、と自嘲するダーティベアが門を潜り抜ければすぐにフォックスの運転する車がドアを開けた状態で走ってきて、ダーティベアはそこに転がり込んでドアを閉めた。
 背後からくちなわの怒号と絶叫が聞こえたが、ダーティベアは努めて聞こえないふりをした。

「あー、怒ってる、怒ってる」
「知らねえ。恨むなら依頼人恨めってんだ」
「にしても、くちなわの警備じゃないだけで楽でいいな」
「馬鹿言えよ。くちなわがいるだけで怖えわ」
「それもそうか。ま、なにはともあれ、お疲れさん」
「おう、お前もな」

 ダーティベアとフォックスは人を殺してきたとは思えない軽快さでお互いの手を打ち合った。

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