小説
広範囲できみが好き〈祭外伝後日〉



 葵は新入りである敦美にべったりだった。
 それこそ敦美の学校に態々迎えに行ってHortensiaに引っ張り込むことなんてしょっちゅうだったし、Hortensiaに入ればその背中に飛びついたりとやりたい放題だ。
 最初は困惑していた敦美だが、周囲、特に2の高木正人から「諦めろ」とどこか悟ったような顔で首を振られてからは途方に暮れながらも葵のしたいようにさせ、次第に順応していった。
 だからだろうか。
 葵が突然キスなんてものをしてきても冷静に受け止めてしまったのは。

「……総長」

「なにをやっているんだ」と正人が葵を引っぺがす。すると葵は「やだー」と駄々を捏ねるように手足をばたつかせ、敦美を求める。敦美は苦笑いして正人を見遣った。正人は渋面になったが暴れる葵をこのまま捕まえておくのも面倒だったのだろう、葵を解放する。葵はすぐさま敦美に飛びついた。

「総長、どうしたんですか」
「葵だってば」
「葵さん、どうしたんですか」
「敦美ちゃん見てたらしたくなった」
「俺女じゃないんすけど」
「だよねー」

「なんでだろーね?」と葵は首を傾げる。
 敦美も、敦美より付き合いの長い正人も葵が男を相手にしてきたのを見たことがない。それは他のメンバーも同じだろう。いつだって葵は年上のお姉さんに可愛がられ、その延長戦とばかりに美味しくお姉さん方をいただいてきていた。

「俺バイだったのかなあ」
「さあ、知りませんけど」
「敦美ちゃんになら抱かれてもいける気がする」

 ぐっとたてた親指を人差し指と中指の間に挟む下品なジェスチャーをすれば、葵の頭は強かに正人によって叩かれた。

「いたーいっ」
「馬鹿なことを言ってるからだ」
「馬鹿じゃないもん、本気だもん」
「中野が困ってるだろう」

 敦美は苦笑いする。
 それとなく察してしまったことだが、敦美の師匠ふたりは男同士でデキている。そこに加えて普段から激しい葵のスキンシップだ。男同士の過度な接触に無意識で抗体ができてしまっていたらしい。
 葵は敦美が口でなにも言わないのをいいことに「嫌がってないし」と口を尖らせながら敦美の腕を自分を抱かせるように絡ませる。
 正人が「やっちまえ」と視線と無言で訴えかけるが、敦美は自分で思っている以上にbelovedの総長に心酔していたため、総長が楽しいならいいかーと流してしまう。

「敦美ちゃん敦美ちゃん、敦美ちゃんは俺が好きー?」
「はい、好きっすよ」

 敬愛などの方面で。
 言わずとも知れているだろうに、葵はにやーっと笑い、もう一度敦美にキスをする。触れるだけのそれで満足したらしい葵は敦美の腕の中から抜け出ると、呆れた様子でこちらを覗っていた拓馬のほうへ行き「シェリー酒ちょーだい」とねだり、さらに呆れられていた。

「……他意はないだろうから奢ってやるとかなんとか考えなくていいぞ」
「ええ、分かってます。でも、俺が抱かれる側だったらあのひとポートワイン頼んでたんすかね」
「お前どうしてそういう余計な知識があるんだ」

 敦美の学校は試験問題に「A.B.C,○.E……○の中身を一定の法則にしたがって埋めなさい」という問題が普通に出てくるような馬鹿校である。シェリー酒やらポートワインやらの意味が分かるのが不思議であるというのを正人は隠さない。

「えっと、二代目と三代目に教えてもらって……断るときはブルームーンですよね?」
「あの人たちか……」

 正人は納得したような、どこか脱力したような風にうなずくと、そのまま近くの椅子に腰掛ける。葵の注意が逸れたからだろう、集まっていたほかのメンバーからの視線も徐々に散っていく。

「俺は総長があのひとたちと遣り合いたがらんのが不思議でならん」

 戦闘狂の節があるくせに、葵はbeloved総長二代目にも三代目にも喧嘩を売らない。売られたとしても買わないだろう。

「葵さんは対等な勝負が好きっすから」
「ああ、お前があのひとたちに仕込まれてる日なんてそりゃもうご機嫌だ」
「それで具合見るためにボコるのは勘弁なんすけどね」

 けれども日々精進する敦美に隠しきれない期待があるらしく、無様に敦美が倒れても葵はそりゃもうやさしく介抱している。気絶している敦美に「強くなーれ、強くなーれ」とまじないのように語りかけては敦美を魘させている。

「お前はあいつに甘すぎる。嫌なときは嫌って言っていいんだぞ」
「それできくと思えないんすけど」
「だがな……」
「それに、あのひとの我侭、なのかな、あんまり嫌いじゃないんで」
「……それは……」
「にゃーんのお話ー?」

 器用にグラスを揺らさずぴょこん、と跳ねながら葵が戻ってきた。咄嗟に敦美と正人は視線を合わせる。

「いえ」
「別に」
「なになにふたりで隠し事ー? いーけないんだ、いけないんだ!」

 ぷくり、と葵の頬が膨らむが、それは「こどもみたいな真似するんじゃない」という正人により潰された。

「で、なんのお話ししてたのさあ」

 ちろり、とシェリー酒を飲みながら再度問いかける葵に敦美は頬を掻き、正人は面倒くさそうに明後日を向く。
 葵は敦美に聞いた方が早いと思ったのだろう、グラスをテーブルに置いて敦美の胸倉を引っつかむと「吐けよ、おるぁー」とまるでドスの聞いてない声で恫喝する。それに敦美は降参のように両手を上げる。

「なんてことないっすよ」
「それは俺が決めるんだよう」
「ただ……」

 敦美は苦笑いして上げた両手を下げて、軽く葵の腰を抱く。
 ちなみにこの動作、師匠その一とその二がよくやり、よくやられている動作であり、見慣れてしまった敦美自身無意識であって他意はない。だから周囲の数人がカクテルなりジュースなりを吹き出してしまったのは不可抗力なのだ。
 だがしかし――

「ただ、なに」
「葵さんのことが好きだなーって話をしてただけっす」

 この言い回しでさらに犠牲者を出し、その犠牲者のひとりに葵を含めてしまったのは敦美のせいかもしれない。

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