小説
今日はオムライス



 VAMPIREを訪れたダーティベアはクロからママの不在を告げられ、大きく息を吐いた。
 連絡メダルで泊まることになった旨を告げられたらしい。

「泊まりってことはくちなわの野郎もいないってことだな?」
「そうなりますね」
「あー! 自由だ!!」

 いくら推奨していたからといっても、くちなわの気配が纏わりつく日々は少しずつダーティベアの精神力を削っていた。それがなくなった今、ダーティベアは開放感に「よっしゃあ!」とガッツポーズをとる。それは一緒にいるフォックスも同じようで、狐面をぽい、と放り投げながらダーティベアの肩にがっしりと腕を回す。キャットだけがきょとん、としていた。

「キャットー、自由だ、自由だぞー」
「今日はダーティベアとどこでも行けるぜー」

 わしゃわしゃわしゃ、と保護者ふたりに頭を撫でられてキャットは「うにゃっ」と猫のような悲鳴をあげる。それに構わずダーティベアはキャットをひょい、と抱き上げて高いたかいをする。危ないのでフォックスは離れたが、その顔は晴々とした笑顔のままだ。

「キャット重くなったなあ」
「僕大きくなりました?」
「ああ、でかくなった、でかくなった。ああ、そうだ。今日はキャットの服買いに行くか。そろそろ服きつくなっちまうだろ」
「いいんじゃねえ? くちなわいないから出かけたい放題だぜ、キャット」
「熊のおじちゃんと狐のおじちゃんと一緒ですか?」
「そうだよ」

 ダーティベアの腕からフォックスの腕に移動して、キャットは目をきらきらさせた。
 保護者ふたり揃っての外出など久しぶりだ。このVAMPIREとてダーティベアと来れない日があった。それは仕方のないことで、ママを思えば喜ばしいことなのだが、それでもちょっぴり寂しかったキャットは嬉しくてフォックスにぎゅう、と抱きつく。

「昼食は食べていかれますか?」
「ああ、食ってから行く」
「キャットはなにが食いたい?」
「僕はオムライスがいいです!」
「トマトってこどもが嫌う食い物上位だけど、キャットは好きだよなあ」
「ママの作るお野菜はみんな美味しいですよ?」

「あー」とダーティベアとフォックスは頷く。
 ママの作る野菜は美味しい。瑞々しくも野菜特有の甘味がじんわり詰まっている。そういう野菜を食べて育っているからか、キャットはピーマンだって丸齧りができる。
 ダーティベアとフォックスも初めて残飯ではない野菜、ママの作った野菜を食べたときは感動したものだ。あれ以来、野菜などちんけな葉っぱという認識は一気に払拭された。

「じゃあ、俺もオムライスにするかね」
「なら俺もー」
「オムライス三つですね。了解です」

 キャットを真ん中に、三人並んでスツールに腰掛ければ、クロが奥へ引っ込んでいく。
 ちなみにキャットがオムライスを注文すると、もれなく卵の上に熊と猫と狐の絵がケチャップで描かれたものが出される。ダーティベアとフォックスの分はデミグラスソースだ。
 程なくバターのいい香りが漂ってきて、三人は仲良く腹の虫を鳴かせた。



 すずめはエリザベスの隣に並びながら卵を割っていた。今日のお昼ご飯はオムライスだ。

「すずめ、すずめはふわとろの卵とくるんと巻いた卵、どちらがよろしいかしら?」
「どちらも大好きです」
「わたくしもよ。では神父様に伺ってみてくださる?」
「はい、エルザおねえさま」

 最後の卵を割り終えて、すずめはててっと台所を出て行く。その間にエリザベスはチキンライスを炒め終えてしまおうとフライパンを慣れた仕草で揺する。バターと絡んでつやつやしたチキンライスがぱらぱらと舞ってはフライパンの中に戻り、香ばしい匂いをたてる。

「こんなものかしら」
「エルザおねえさま」
「おかえりなさい、すずめ。神父様はどちらでした?」
「それが……神父様もどちらでもいいそうで……」
「あらあら、一番答えに困る状況ですわね。こういうときはじゃんけんで決めてしまうのが一番ですわ。すずめが勝ったらくるくるオムライス、わたくしが勝ったらふわとろオムライス。よろしくて?」
「はい」

 すずめが頷いてからエルザはフライパンの火を止める。

「では、じゃーんけーん……」

 その日の教会ではケチャップでそれぞれの名前を書いたオムライスが昼食となった。



 卵粥を食べるふくろうの隣で黒狼はオムライスを食べていた。ほんとうはふくろうもオムライスを食べるつもりだったのだが、いざオムライスの匂いをかいだらそれだけでお腹一杯になってしまい、卵粥にした。

「ふくろう、美味しい?」
「うん、すごく美味しいよ。ありがとう、黒狼」

 この卵粥は黒狼のお手製だ。体の弱い友人を持つ黒狼は病人食だけ作るのがやたらと上手い。

「あのね、ふくろう」
「なんだい、黒狼」
「今日すごくきれいなお花を見つけたんだ」
「花?」
「うん、生きているお花だよ。プラチナブロンドで目も唇も血みたいに真っ赤で、頬もばら色で肌は雪みたいに白いの」

「今度持ってきたいんだけど、まだ情報が揃わなくて」としょんぼり項垂れる黒狼に情報の大切さを教えたのはふくろうだ。

「生きている花ならすぐにじゃなくても枯れることはないよ。じっくり機を待たなくちゃ」
「うん、そうだよね。ふくろうならそう言うと思って攫ってくるのはやめたんだ。
 あ、不老のひとだけどね、やっぱり『街』になにかあるみたいだよ。不自然に情報がカットされてるんだ。昔『街』に暮らしていまは外で生活してるひとに話を聞いたらあの『街』は暗示がかかってるみたいだって言ってた」
「『街』全体に暗示? 不老といい、なんだかオカルティックな話だねえ」
「でも、それくらいの不思議があるなら逆に不老のひとの信憑性も出てくるよね」
「そうだねえ。
 あ、ごめん、黒狼。もうお腹一杯だ」

 半分残った卵粥を申し訳なさそうに押しやるふくろうに黒狼は少しだけ困った顔をする。

「ふくろう、また食が落ちた?」
「ううん、そんなことないよ。今日は偶々だよ」

 友人の儚い笑みに黒狼は内心で「うそつき」と詰った。
 そして、なにがなんでも不老のひとを探そうと、探して不老の術を聞き出そうと心に決める。

(それまで死んじゃ嫌だよ、ふくろう)

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あきゅろす。
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