小説
擬似デート



「くまちゃん、ちょっと付き合ってちょうだい」
「どこへ」
「買い物よ。可及的速やかに平服を買いに行かなきゃいけないの」
「くちなわの両親にでも挨拶するのか」
「おじい様とは伺ったけど、ご両親のことは聞いていないわね」

 うん、と頷くママにダーティベアは少しばかり怪訝な顔をする。
 ママはセンスが悪くない。むしろ好い方だ。自分を連れて行く意味が分からない。
 そんな疑問が白熊のフェイスパックタオル越しの視線に現れていたのか、ママは苦笑いしながら手を振る。

「レディースだから一人じゃ心許ないのよ。くまちゃん詳しいでしょ」

 暗に女たらしと言われているのだが、注目すべきはそこではない。

「なんでレディースなんだよ」
「いきなり男連れていったらおじい様の心臓が止まるかもしれないじゃない」
「相手はあのネロ・キングだぞ? とっくに調べがついてるか、くちなわが自己申告してるだろ」
「分かっていても男が来るのと、想定外に有無を言わせぬ美女が来るの、どっちがマシだと思う?」

 自身の女装にママは高い自信を持っている。以前ダーティベアも見たことがあるが、確かにあれは有無をいわせぬ美女にしか見えなかった。

「でもなあ……くちなわはどうなんだよ」
「刑事さん? 特になにも言っていないわ」
「大人しくスーツ着たほうが無難だろう」
「私がファッションスーツでなくちゃ似合わないの知ってるでしょ」

 顔立ちが華やかに整い過ぎている所為か、ママは喪服以外のフォーマルスーツがどうもしっくりこない。だが、ネクタイを外し、シャツのボタンも二つほど外せばあっという間に色気のあるオニイサンになるのだから不思議だ。だが、フォーマルを目指す今回にそれは使えない。だからといって女装に走ろうとする辺り、ママも大概極端である。

「というか、この先もお付き合いするなら必要だと思うのよね、女装」
「なんでだよ」
「だって、刑事さんの性格を考えればお家のパーティーやらのパートナーに私を選ぶはずだもの」
「自信過剰、とはいえないな。気にせずワルツを踊る奴の顔が浮かぶよ」

「特定の相手がいれば面倒ごとも減るだろうし」と続けてダーティベアはため息を吐く。
 どう足掻いても男ふたりでレディースファッションを漁りに行かなくてはいけないらしい、と諦めたのだ。
 そんなダーティベアにママは「よろしくね、くまちゃん」と言ってくまのフリープアラテアートを施したエスプレッソをおまけした。



 買い物に行く当日、待ち合わせであるVAMPIREのドアを開いたダーティベアは絶句した。
 そこには有無を言わせぬ美女が立っていたのだ。
 一瞬誰だこれ、と思ったが、すぐに女装したママだと気づいて心臓を押さえる。

「ママ……その恰好で出迎えるなんて聞いてないぞ」
「ベースを決めてからじゃないとコーディネートのしようがないじゃない」

 エクステでもつけているのか襟足だけ長くなったプラチナブロンドを指に絡ませ、ママは白いロングワンピースの裾を揺らす。

「基本は長袖ロングよ。そうでないと骨格とかでアンバランスになっちゃうもの」
「いや、服の上からでも分かると思うが、なんでママは女にしか見えないんだろうな……」
「全身メイクの賜物よ」
「心なし肩幅狭くなってないか?」
「全身メイクの以下省略よ」
「全体的に華奢に……」
「くまちゃん、女の裏舞台に顔突っ込んだら痛い目見るわよ」
「分かった、これ以上は訊かない」

 はあ、と深いため息を落として、ダーティベアは投げやりに「じゃあ行くか」とママに声をかけた。

「あら、エスコートしてくれないの?」
「くちなわに浮気現場とか思われたいのか?」
「今の私を私って分かるひとがどのくらいいるかは知らないけど、ばったり会ったら確実にアウトね」

「私も、くまちゃんも」とママはおかしそうに言う。なんやかんやスリルを楽しむひとなのだ。特に今日のような非日常にテンションもおかしくなっているらしい。

「ほら、行くならさっさと行こうぜ」
「はいはい」

 ママは小さなショルダーバックを肩にかけて、店の奥へと「いってきまーす」と告げた。返事は三つ、クロとアンブルー、ルシャのもの。

「じゃ、行きましょ」
「おう」



 元々なにを着ても大抵は着こなせるママだ。買い物は順調に進んだ。

「ママ、これなんかいいんじゃねえか?」

 ダーティベアが選んできたのはデコルテと袖が細かなレース編みになったシャンパンピンクのマーメイドラインワンピースで、派手過ぎずかわいらしい。

「私が着るにはちょっと若々しすぎないかしら?」
「だったら黒にするか? 色違いあったぞ」
「そう、ね。これに決めちゃいましょうか。代わりに靴をシャンパンカラーにすれば重たくならないでしょうし」
「じゃあ適当に見てくるわ」
「お願いねー」

 ダーティベアが靴売り場に行っている間にママはワンピースの会計を済ませる。

「そういえば、くまちゃんとふたりでお出かけなんて何年ぶりかしら」

「あんなに小さな子が大きくなって」と感慨深く思っていると当の本人が二足ほど靴を持って戻ってきた。片方の靴はシンプルな飾りのないもの。もう一足は華奢なコサージュのついたものだ。

「センスもよくなったわね」
「なんの話だ?」
「ううん、なんでもないわー。着替えてくるからワンピと一緒にトータルで見てくれる?」
「へいへい」

 試着室に向かうママにダーティベアは手を振った。投げやりな調子だったが、元保護者との買い物が少しばかり楽しいと内心で思っているのはダーティベアだけの秘密である。

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