小説
将来と夢



 キャットがすずめと遊ぶようになってから、送り迎えをするときは専らフォックスの担当になった。万が一のことを考えてだ。それをキャットは察したが、保護者がなにも言わないのでキャットも何も言わない。

「ったく、本当に反抗期が怖えわ」

 ひとり隠れ家にて煙草を吹かすダーティベアの片手には新聞がある。
 一面を飾るのはここ数年で名前を聞くようになった「コレクター」と呼ばれる強盗集団についてだ。
 コレクターは様々なものを盗んでいく。そこに生物無機物の区別もなく、目的すら分からない。ただ、コレクターに目をつけられたら最後、緻密な計画のもとに標的は「コレクション」される。ただ、コレクターのボスは気まぐれなのか、コレクションされたものが闇市場に流れることもあり、全てが全てコレクターの手中に収まっているわけではないようだ。それが余計にコレクターの目的を謎にしている。

「くちなわの野郎もこっちを専門にすりゃあいいのによう」

 邪魔をするなら躊躇なく手を下す強盗と殺しの専門家、性質の悪さはどちらが上か。そんなことを考えるのに意味はないし、生産性もない。ダーティベアは読み終わった新聞紙を畳んで机に投げ出した。
 ばさり、と音がたったあとは静かなもので、ダーティベアはなんとなく落ち着かない心持ちになりながらそれを誤魔化すように煙草を吸った。塩と同じほどの歴史を持つ嗜好品は思考であれ現実であれ暇であれ、逃避に持ってこいの代物である。



 今日は手伝いでもしているのか公園にすずめの姿はなかった。キャットは残念に思いながらもひとり黙々と砂場で山を作る。こどもが砂場で何故山を作るのか、それを明確に知る大人はいないし、知っていた大人も早々いないだろうが、とにかく砂場にきたら穴を掘るか山を作るか団子を作るかがこどもの遊びなのだ。

「キャット、鉄棒とかやらないのか?」
「…………くまのおじちゃんには内緒ですよ」

 長い沈黙のあと、キャットは手をはたいて鉄棒へ向かった。そして鉄棒につかまると「ふんぬっ」と掛け声を上げて地面を蹴り――そのまま地面に着地した。

「……逆上がり、できなかったんだな」
「前回りならできるんです。でも逆上がりはどうしてもできなくて……」

 しょんぼりと肩を落とすキャットに悪いことをしたな、と思いながらフォックスはベンチから立ち上がり、再び地面を蹴るキャットの体を支え、そのまま一回転させてやる。

「コツさえ掴めばあとはどうにでもなるからな」
「狐のおじちゃん教えてくれますか」
「おう」

 それから暫くふたりは逆上がりの練習に励んだ。
 最初は全く上がらなかったキャットの体も徐々に上へいくようになり、あと一歩というところまでいくとフォックスの声援も熱くなる。
 そんなふたりの様子を遠目から見ている者がいた。

「いいなあ」
「ボス、なにかありましたか」
「ふくろうはあんなことできないけど、あの子はもっと色んなことができるんだ。いいなあ」
「ボス、不老の人間のことですが、この『街』に入った途端ぴたりと噂が入らなくなりまして……」
「あの子の将来をあげたら、ふくろうは喜ぶかなあ」

 部下の声を無視して褐色の肌の男、黒狼は呟き続ける。
 視線の先、とうとう逆上がりに成功したキャットがフォックスに高い高いをされて歓声を上げていた。

「いいなあ」

 黒狼はもう一度呟き、それからぐるり、と部下のほうへ首を巡らせる。

「そんな『異常』なにかあるって言ってるようなものだよ。暫く『街』に人員を逗留させて」
「はい、分かりました」

 部下が頭を下げて何処へと去っていくのを見送りもせず、黒狼は脳裏に友人の儚い笑顔を思い浮かべる。

「不老ってことは殺さなければ死なないってことだよね。それが手に入ればふくろうも……」

 今まで色々なものに手を出してきたけれど、どれもふくろうは「よかったね、黒狼」としか言わなかった。笑ってくれるけど、それは黒狼のための笑顔だ。黒狼はふくろう自身のための笑顔が見たかった。
 はあ、とため息を吐いた黒狼の足元に風で飛ばされてきた新聞紙が絡まる。それを拾って広げてみれば、そこには丁度一面が載っていて書いてあるのは――

「あっは! 俺たちのことだ」

 コレクターのボス、黒狼は楽しげに笑い、新聞紙を風に任せて手放した。どこへなりと飛んでいく新聞紙を目で追って、黒狼はあんな風に友人と駆け抜けることができる人生を夢想する。

「いいなあ……でも、不老が手に入れば、ね」

 脳裏の友人に語りかける。

「それはもう、夢ではないでしょう?」

 不老という夢そのものを追いかけながら「夢」を現実にしようとする黒狼に応えてくれる友人はこの場にはいない。
 いたとしても戸惑うだけだろう。
 だって、ふくろうは自らの余命を受け入れ、その上で友人の願いを叶えようと尽力しているのだから。
 奇妙に縺れた友情に、しかしふたりは気付かず今日も誰かから何かを奪う。
 夢が現実となるか、現実が夢を食い潰すかが決まるまで。

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