小説
狼と梟



「ふくろう、じゃあ俺は世界中からきれいなものや珍しいものを集めるよ」
「黒狼、なら僕はその手伝いをするよ」

 真白い病室のなか、友人の手を握り締めながら言えば、友人はにこやかに当たり前のように言った。
 友人の余命が宣告された日のことだった。



 黒狼が友人と出会ったのはとあるお屋敷に探検として忍び込んだとき、開いたままの窓の向こうに友人はいた。
 友人は幼い頃から病を患い、外の世界に出たことがあまりないという。
 突然の来訪者に驚きながらも友人はそんな事情を話してくれた。
 だったら自分がたくさんの話をするよ、といえば友人はうれしそうに頷いてくれた。
 友人は本をよく読んでいるから外の世界に出たことはなくとも博識で、黒狼はそんな友人をふくろうと呼んだ。ふくろうもまた褐色の肌に銀の髪をした彼を黒狼と呼んだ。
 黒狼とふくろう、どこか似た響きにふたりでひっそり笑った日々が懐かしい。
 けれども、その間にもふくろうを蝕む病は進行していて、いつしかふくろうはベッドにいることが多くなっていた。

「ねえ黒狼」
「なあに、ふくろう」
「僕の代わりに世界を見てくれないか」

 それでその世界を僕に教えてよ。
 そんなことを言うふくろうに黒狼は冒頭の台詞を返す。
 たくさんのきれいなものを見つけよう。持って来よう。
 ふくろうは話を聞く対価か、それとも最期に「友人」となにかをしたかったのかあんな返事をした。
 ふたりともお互いが大事だった。
 黒狼はふくろうのためになんでも与えたかった。探し回ればふくろうの病を治す術も見つかるかもしれないと期待した。
 ふくろうは活き活きと各地を探検する黒狼が好きだった。自分でもできるならばその手伝いがしたかった。
 ふたりとも、お互いが大事過ぎた。
 だから、行過ぎた友情は拗れ始めることになる。

「ねえ、ふくろう」
「なんだい、黒狼」
「ある『街』には歳をとらないひとがいるらしいよ」
「へえ、それは珍しいね」
「珍しい? 見てみたい?」
「そうだね、ひょっとしたら僕の病を治す手段を持っているかもしれないしね」

 くすくす笑うふくろうは冗談のつもりだったのだろう。しかし黒狼はそうではなかった。

「じゃあ俺連れてくるよ」
「着いてきてくれるかな」
「なら捉まえてくるよ」
「捉まってくれるかな」
「足をちょん切れば捉まるよ」
「そうだね、それなら捉まるね」

 ふくろうはじっと黒狼の青い目を見つめる。
 本気の目をしていた。
 この友人は一度言い出したら必ず実行することが多々あるので、今回もきっとそうだろう。ならば自分にできるのは手伝うことだけだ。
 ふくろうは笑って「じゃあ、作戦を考えようか」と持ちかける。
 余命幾許の彼は少しでも友人に笑っていて欲しかったので。



 ママに恋人ができた。その情報は「街」中を巡ったが、然して問題視はされていない。ママの恋人がくちなわであることに対して「裏切り」だという者はそもそもVAMPIREにやってこないからだ。ママはこれでも客を選ぶ。
 選ばれた客であり、そも元養い子であるダーティベアはもちろん、フォックスも「ああ、やっとか」とうなずいただけだった。キャットだけはきょとん、と「ママはママじゃなくなっちゃうんですか?」とママが誰かのものになるという意味が分からず首を傾げ哀しそうにしていたが、そこは保護者がうまいとこ説明をして事なきを得た。普段がいい子な分、泣かれると保護者はまいってしまうのだ。
 そうしてママの身辺も日常として落ち着いた頃、くちなわが昼食のラザニアを食べながら「そういえば」と話を持ち出した。

「祖父があなたに会いたがっています」

 ママは洗っていた皿を危うく落としかけた。くちなわの爆弾発言には中々耐性がつかない。

「け、刑事さん、私はしがない『街』の……」
「あなたが何者であっても関係ありません、と私は申し上げたはずですが」
「刑事さんはそうでも、ご家族の方はそういかないんじゃないかしらー……なんて」
「大丈夫ですよ」
「でも」
「もしご不快な思いをさせたなら私がどう出るか分からない祖父ではありませんから」
「うう、分かったわ……」
「ありがとうございます」
「その笑顔は反則よ」

「なんでも許したくなっちゃうじゃない」とママは唇を尖らせ、洗い終えた皿を水切りに置く。
 くちなわはくすくす笑いながらラザニアを食べ続けていたが、ふと「そういえば」とママに視線をやる。

「キャットくんはどうしてます? 今日は来るのが遅いようですが」

 くちなわは既に何度かキャットと交流を持っている。その間に素直ないい子であることは分かっていたので、帰りが遅いと幾分心配の念が沸いてくるのだ。
 だが、ママはなんてことのないように「今日は保護者がいるのよ」と返した。

「保護者ですか。きっと立派な方なんでしょうね」

「そうでなければあんな子は育ちませんよ」と頷くくちなわに、ママは全力で引きつりそうになる顔を堪えて「そうね」と返した。

(あああ、ごめんなさい刑事さん。キャットちゃんの保護者は立派は立派でも立派な殺し屋なのよう……)

 しかも、くちなわ御自らご執心の、である。
 秘密は女の魅力というが、くちなわとお付き合いをして暫く。時折胃が痛いママである。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!