小説
こどもの夢



 すずめはくちなわの親戚だった。
 それを知ってもダーティベアやフォックスは何も言わない。
 好きにしていい、と態度で告げられて、キャットは悩みながらもすずめと「友達」でいることがやめられずにいた。
 今日も公園でおままごとに興じ、葉っぱやどんぐりで作った「ご飯」を食べる仕草をしながらそっとすずめを覗う。
 くちなわの顔をまじまじと見たことはないが、印象的な黄身色の瞳はそっくり同じ色をしている。

「どうしました?」
「ううん、なんでもないです」

 いつの間にかじっと見ていたらしく、きょとん、と首を傾げるすずめにキャットは首を左右に振って応える。
 すずめはくちなわの双子の弟、エドワードのもとで暮らしている。そしてくちなわはこの辺りまで顔をよく出している。つまりはくちなわとすずめの仲は良好だということだろう。言われずともそういった部分を察せるくらいキャットは聡明なこどもだった。
 もし、キャットの保護者がダーティベアとフォックスだとばれたなら、すずめと「友達」でいることは難しくなるだろう。どころか、ダーティベアとフォックスと離れ離れになる可能性が高い。
 ダーティベアはむかし言っていた。
「お前はあっち側でも生きていける人間だ」と。
 当時は分からなかった言葉の意味も、いまならば漠然と理解できる。
 キャットは現在の保護者こそダーティベアのような後ろ暗い存在だが、その出生は決してお天道様の下に出られないものではない。キャットが望めばいつだって「街」から出ることができる。もちろん、ダーティベアの養い子だった事実は消えないのだから苦労はするだろう。しかし、その苦労は万が一ダーティベアにくちなわの顎が届きそうになった際の逃亡生活を思えばどうということもない。
 キャットはだからこそ悩む。

(どっちかなんて、選べないです……)

 少し前ならばダーティベアとフォックスの手を迷いなく選べたというのに、いまはすずめがもう片方の天秤にかかり、均衡を保っている。

(でも、だから……ぼくは)
「キャットちゃん?」
「ああ、ごめんなさいです。少し暑いからぼうっとしちゃったみたいで」
「あら、そういえばもうお昼過ぎですものね。キャットちゃんお昼ご飯は?」
「あ、食べてないです」
「じゃあ、今日は帰りましょうか。日射病にでもなったら大変ですもの。今度はお帽子被ってきましょうね」
「はい!」

 頷いてキャットとすずめは立ち上がる。
 眩しい太陽の周りには雲ひとつなく、どこまでも晴れ渡っていた。

「ねえ、すずめちゃん」
「なあに、キャットちゃん」
「すずめちゃんは将来の夢ってありますか?」

 玩具を片付けながら向けられた問いに、すずめも自分の玩具をバケツにいれながらこっくり、と首を傾げる。

「ううん、そうですね……きれいな花嫁さんには憧れます」
「……すずめちゃんならきっとなれますね。すっごくすっごく誰よりきれいなお嫁さんです」
「うふふ、そうなれたらいいなあ」
「なれますよ、絶対に」
「なれなかったらキャットちゃんがもらってくれますか?」

 キャットは一瞬呼吸を忘れる。

「……なれなかったら、なんてありえないですよ」
「ふふ、ありがとう、キャットちゃん」

 はぐらかされたことに気付かず、すずめは片づけを終えて手をぱたぱたはたく。

「じゃあ、すずめちゃん、またね」
「ええ、キャットちゃん。またね」

 ひらひら手を振って、お互い反対方向に歩き出す。しかし、丁度キャットが出口に差し掛かったところで「キャットちゃん」と心持ち大きな声ですずめに呼び止められた。

「すずめちゃん」

 振り返ったキャットに向かって、すずめは口元に手を添えて声を出す。

「キャットちゃんの夢はなんですか?」

 キャットはきゅ、と拳を握る。
 夢は、将来の夢は「皆と一緒にいること」だ。
 保護者であるダーティベアと、フォックスと、ママと、クロたち。それに友達のすずめや助けてくれたエドワード。皆みんな仲良く一緒にいることだ。
 けれども、それはとても難しいことだから、叶わないに近い夢だから、キャットは「夢」ではなく「なりたいもの」を答える。

「ぼくは、弁護士さんになりたいんです!」

 もしもの未来がきても、大切なひとを守れるように。
 すずめと「友達」でいてもおかしくないように。
 キャットにはダーティベアやフォックスのような力はない。ダーティベアとフォックスの力は死に物狂いで、それこそなければ死んでしまうから手に入れた力だ。安全な隠れ家と安定した食事を得るキャットでは手に入らない、持てないから、できる方法で力をつけるしかない。それはママが誘拐されたときに決めたことだった。
 明るい世界でも生きていけるキャットだから、手に入れられる可能性のある力、万が一のときダーティベアとフォックスを助けられる力、それが弁護士だった。
 キャットの応えにすずめはぐっと両手を握る。

「キャットちゃんならなれます! 絶対、ぜったい、ぜーったいなれますから!!」
「うん、絶対になります!」

 大切な「友達」からの応援に応え、キャットは大きく手を振った。すずめも手を振り返し、ふたりはどちらともなくまた背を向け合って歩き出す。
 互いの背中は離れる一方だけれど、交わした「またね」という言葉がふたりを強く結んでいるように見えた。

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