小説
親子の肖像



「というわけで今日はあっちの街のほうまで行ってました」

 ソファに掛けながらキャットの一日報告を聞いて、ダーティベアもフォックスもにやにやした。かわいい養い子が女の子のために憂慮する姿は微笑ましい。

「まあ、そのお嬢さんをこっちに連れてくるより、キャットがあっちに行った方が断然安心だしな。女を守るのはいい男の必須条件だ」

 ダーティベアはくしゃくしゃとキャットの頭を撫でて、その判断を褒めてやる。
 後ろ暗い保護者を持つキャットは自分だけあちらの街へ行くことに気まずさのようなものを覚えていたのだが、ダーティベアやフォックスの反応がまったく怒っていないことに安堵した。

「明日になったらママにも報告してやれよ。きっと喜ぶぜ」
「喜ぶ、ですか?」
「だってなあ、キャットの初恋記念なんてあのひとが祝わないわけねえよ」

 初恋という言葉にキャットの顔がトマトのように赤くなる。

「ちが、そういうんじゃないです。すずめちゃんはお友達なんです」

 わたわたと手を振り回して主張するも、保護者の目は温かいままだ。

「いいじゃねえか、初恋結構」
「そうそう――俺たちに遠慮することねえよ」

 キャットは目を見開く。
 すずめと仲良くなることで、あちらの街とのかかわりを深くすることで、ダーティベアとフォックスに迷惑がかかるかもしれない。そんなキャットの不安をふたりは見抜いていて、背中を押してくれる。
 こんなにやさしいひとたちなのに、ふたりはあちらの街へはいけない。
 キャットは思わずダーティベアに抱きついた。ダーティベアは少しも揺らぐ様子がなく、ひょい、とキャットを抱き上げるとそのまま膝に乗せる。

「キャット、お前はやりたいことやってりゃいいんだよ」
「そうそう、悪さしたら拳骨やるが、お前はいい子過ぎだよ」

 くしゃり、ひとつキャットの頭を撫でてフォックスはソファから立ち上がり、キッチンへと向かう。

「……ぼく、すずめちゃんと遊んでいいですか」
「友達なんだろう? 好きに遊べ、喧嘩だってしたっていい」
「喧嘩はやです」
「そうだな、喧嘩はいやだよな。
 いいか、キャット。男なら女を泣かせるようなことはすんなよ。女はいつだって笑ってるほうがいいもんだ。それに、いつでも笑ってる女はいい女だぞ」
「ママみたいにですか?」
「……まあ、そうだな」

 当たり前に「女」の括りにママをいれているキャットへ訂正をいれることもできず、ダーティベアは頷いた。
 ママは男にふられても翌日にはけろり、と笑っている強いオンナである。
 ダーティベアがキャットの背中をぽんぽん叩きながら考えていると、カップを一つ持ってフォックスが戻ってきた。

「キャット、ホットミルク作ったぜ」
「わあ、ありがとうです、狐のおじちゃん」
「どういたしまして」
「おい」
「お前の珈琲はいま落としているとこだよ」

 自分の分は? と問いかけるダーティベアに、フォックスは皆まで聞かず答える。ふたりの仲はツーカーである。ただし、指摘すればお互いそれはもう嫌な顔をするだろう。
 キャットはよじよじとダーティベアの膝から降りるとフォックスからカップを受け取って、今度はダーティベアの膝の間に腰掛けた。

(親子みてえだなあ)

 内心で思ったことをフォックスは口に出さない。キャットにはキャットの父親がいた。命がけでキャットを守った父親が。だからダーティベアもフォックスもキャットの保護者を名乗りはしても父親とは言わない。自分の背景が薄暗いものだと薄々察しているキャットも時折寂しそうな顔をするものの、ダーティベアやフォックスを父とは呼ばなかった。きっと傍から見たらおかしな関係なのかもしれない。けれど、この形にフォックスは不満がなかった。ダーティベアにもない。キャットにはいずれ全てを話す。その時どう思うかはキャット次第だ。
 ひょっとしたら恨まれるかもしれない。
 その時はその時だ。いまはそう覚悟しているが、いざ現実になったら自分たちは堪えられるだろうか。いや、堪えるだろう。

(あー、やだやだ。ネガティブ思考なんて冗談じゃねえな)

 フォックスは肩をすくめてキッチンへと向かう。珈琲はきっと落ちているだろう。

「おい、フォックス」
「砂糖は三杯だろ」
「分かってんならいい」
(このえらそうな熊野郎ぶん殴りてええええ)

 キャットが引っ付いていなかったら確実にフォックスの拳は火を噴いていただろう。

「一服終わったら風呂にでも入るか」
「俺は洗わないぞ」
「汚えな」
「体じゃなくて浴槽のことだよっ、なんで俺がお前ん家の風呂まで掃除しなきゃいけないわけ?」

 フォックス訳分かんない!
 しゃがみ込んで喚くフォックスにキャットはカップをテーブルに置くと、ソファから立ち上がり「ぼくがやるです」とやる気を見せた。

「ああもう、キャット超いい子! 見習えくそ熊野郎っ」
「その前にその言葉遣いがキャットに移ったらどうする気だ」

 ぎり、とフォックスは歯軋りをした。そんなフォックスの頭をぎこちなくキャットが撫でる。

「だいじょーぶですよ、ママのお店にはもっと乱暴なこと言うひともきますし、そんなひとやおじちゃんたちふたりの言葉遣いは反面教師にしなさいってママが言ってました」

 ぴしり、とダーティベアとフォックスは固まった。

「だから安心してください!」

 にっこり微笑むキャットに、ダーティベアとフォックスの心情はさすが相棒とばかりに一致する。

(全然心安らがねええええええ!!)

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