小説
合縁奇縁
エドワードは警邏がてら顔を出したくちなわを見て、おや、と眉を上げる。
「兄さん、なんだか機嫌がよさそうですね」
「そう見えますか?」
ぺたり、自分の頬に手をやって、くちなわは首を傾げる。どうやら無自覚らしい。
エドワードはそんな兄にくすり、と笑って「最近、なにかありました?」と水を向ける。そうすればくちなわは思案顔をして「そういえば」と口を開いた。
「昼食を摂るのにいい店を見つけました」
「へえ、兄さんが食に頓着するようになったのは喜ばしいですね。パン一つ齧って奔走するのはやめたんですか?」
「……棘のある言い方ですね」
「心配しているんですよ」
ああ、お昼といえば、とエドワードは懐中時計を取り出し、時間が昼下がりに差し掛かっているのをくちなわに見せた。
「まだ食事を摂っていないのでしたら、そろそろお行きになったほうがよろしいのでは?」
「そうですね。変わった様子も……良くも悪くもないようですし。
ああ、すずめはどうしていますか?」
「リズベスと一緒に昼食の片付けをしてくれていますよ」
「そうですか」
「今度はご一緒しますか?」
「いえ、私は……」
「ああ、お気に入りの店があるならそちらのほうがいいですよね」
「エディ」
「冗談ですよ。さ、行ってらしてください」
くちなわはため息を吐いて教会を後にした。それとすれ違うようにすずめとエリザベスが顔を見せる。
「あら、どなたかいらっしゃったと思ったのですけれど」
「今しがた兄さんが」
「くちなわのおじさまがいらしてたなんて……呼んでくださればよろしかったのに」
「そうですね、すみませんでした」
エドワードは自分や兄、エリザベスとも違う髪の感触を楽しむようにすずめの頭を撫でる。少ししょんぼりした様子のすずめはすぐににっこりと微笑んだ。
「お詫びといってはなんですが、今日の手伝いはここまでにして遊びにでもいってらっしゃい」
「え、でもそんな……」
「よろしくてよ、すずめ。なんでもかんでも一度に覚えようとしなくても。たまにはのびのび過ごすことも重要ですわ」
「エルザおねえさままで」
「さ、すずめ」
「いってらっしゃいな」
ふたりの保護者に後押しされて、すずめは苦笑いで教会を出ることになった。
「キャットちゃーん、そろそろ休憩して遊びに行ってらっしゃーい」
昼下がり、最近この時間になるとママはキャットに休憩を与えて外に出す。なにかしらこどものキャットに見られたくないものがあるのだろうと察して、キャットはいつも「はーい」と素直に頷いている。ほんとうのことをいえばもう少しお手伝いをして達成感が欲しいのだが、幼いキャットではできることも限られているので仕方ない。
キャットは店の奥へとぱたぱた移動すると、ロッカー代わりの棚に自分のエプロンを外してしまい、店のほうに向かって「いってきます」と声をかける。すぐに「気をつけるのよ、いってらっしゃい」とママから応えがあり、キャットは裏口のほうへ周った。
慣れた公園までの道のりをゆっくり歩いているキャットはふと近づいた公園にある植木の下、木陰でたたずむ人物に目をぱちりとさせて駆け出した。
「あ、あのっ」
「え……あ、あのときの」
木陰でぼんやりと立っていたのはすずめだった。
「どうしたんですか? また路に迷っちゃいました?」
「ふふ、今日は違います。暇をいただいたのですけど、なにをしたらいいのか分からなくて散歩をしていたら、こちらまで辿り着いたのです」
キャットは内心難しい顔をする。普段こどもしかいないこの公園だが、そのこども背景は物騒なものが多い。すずめのように「平和なほうの街」の住人が来るには些か危ない。
「すずめさん」
「さん、なんてつけなくてもいいですよ」
「えっと、すずめ、ちゃん」
「はい」
素直に頷くすずめに何故かどきどきしながらキャットは公園の出口を指差す。
「ここはあんまり安全とはいえない場所なんです」
「え? でもキャットさんは」
「ぼくもさん付けはいらないですけど、えっとそうじゃなくて……」
キャットはどう説明したものかと頭を捻らせるが、思うように答えは出ない。代わりに突いて出たのはため息だ。
「何時までいるんですか?」
「三時前までに帰れば問題はないと思います」
「じゃあ、それまでぼくと遊びませんか?」
キャットはこの辺では顔が知られている。その背後の存在の厄介さごと、だ。だからキャットといれば余程のことは起きない。
だが、それはすずめが頷いてくれるかによる。
自分たちはたった一回会っただけの他人同士で、住む場所も正しく違う。
キャットは先ほどまでと違う意味でどきどきしながらすずめを覗うが、すずめはきょとん、としたあと花が咲いたように笑った。
「よろしいんですか? 私、この辺りにお友達がいなくて」
「じゃあ、ぼくとお友達になってください」
すずめの笑みにますますどきどきと胸を弾ませながらキャットが言えば、すずめは大きく頷いた。
「キャットさ……キャットちゃん、これからよろしくお願い致します」
「こ、こちらこそ、です!」
保護者が見ればなんとも微笑ましいやりとりをして、キャットとすずめ、保護者同士の因縁を知らぬふたりは「お友達」になったのであった。
これも所謂「縁」である。
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