小説
遊びのこと



 寒い寒い季節のことだ。
 いつも通り公園に行った俺はちい先生を見つけて駆け出そうとして、見事に滑って転びかけた。

「米くん」

 慌てた声を出すちい先生に「大丈夫」と返して地面を見れば、なんだかうっすら凍っている。そういえば昨夜は小雨が降っていたような気がするのを思い出し、俺は凍った地面を軽く足先で突いた。

「ちい先生、ここ凍ってる!」
「ええ?」

 ちい先生は地面を見遣りながら歩いてくると、俺が滑った辺りに視線をやって「ほんとうだ」と呟いた。

「ぼくがきた時は気づかなかったなあ」
「ちい先生いまみたいに歩いてたんじゃない?」
「そうだね、走っていたら転んでいたかもしれない」

 言いながらちい先生は足先を地面に滑らせている。
 こういうのは普段、ちい先生のほうが気づきそうなものだけど、今日は俺のそそっかしさが俺に発見を与えたみたいだ。いいことかはさておき、ちい先生が転ばなくてよかったと思う。
 そう思うのに、なにを考えたかちい先生は助走をつけて凍った地面を滑り始めた。

「ちょ、ちい先生っ」
「一度スケートをやってみたいんだけど機会がなかなかね」

 つーっと俺の前を滑っていったちい先生はどこか得意気で、俺は止めたほうがいいのか、見守ってなにかのときに手を差し伸べるに留めるべきかで悩む。
 その間にもちい先生はやけに楽しそうにつーっと滑っている。
 つーっ、つーっ、つーっ!

「ああもう、俺もやる!」

 ちい先生同様助走をつけてつーっと滑り出せば案外不安定なものの、なんだか土手でダンボールソリをやるような愉快さがあった。そういえばちい先生はダンボールでソリなんてやったことがあるのかな。

「土手での遊びは凧揚げくらいしかないよ」
「凧揚げかー、古風だね」

 何回か滑って息を切らせた俺達は、身体をぽかぽかさせたままベンチに座る。そこで先ほどの疑問を持ち出せば、ちい先生はちい先生らしい答えをくれた。

「案外難しいものでね、僕は何度も走り回る破目になったよ」

 ただ風があるだけでは駄目なのだという。風にあわせた方向や糸の長さなど、絶妙な加減を以って初めて凧はテレビで見るような悠々とした泳ぎを見せるらしい。

「ちなみにやっぱり正月にやるの?」
「うん」
「俺は正月なんて忙しいからできそうにないや」

 ヤクザの集まりで下っ端は忙しい。兄貴たちもきりきりきてるから言葉も拳も乱暴だ。

「お正月といえば、他にも色々あるけど米くんはなにかやったことがあるかい?」
「たとえば?」
「ううん、独楽とか?」
「画鋲を机で回したことがあるくらいかな」
「器用だね」

 人差し指と親指でぴん、と弾くようにすると、画鋲は机の上でくるくる回った。地味な遊びだが、ろくな玩具を持っていなかった俺には丁度いい。

「あとはなんだっけ、副笑いに羽子板だったかな」
「どっちもやったことないや」
「今度やってみるかい?」
「お正月でもないのに?」
「お正月でもないのに」

 それは楽しそうだ。

「羽子板ってバトミントンみたいな要領でいいのかな」
「勢いづけるとすぐラリーが終わってしまうだろうね」
「下から打てばいいかな」
「長く続くと楽しいだろうねえ」

 始める前からちい先生と俺はくすくす笑い合う。
 羽子板、お正月でもないのにどこで売っているだろう。事務所には商売繁盛用のごてごてしたのが飾られているが、それを持ってきたら兄貴にぶん殴られること間違いなしだ。それに一枚じゃ遊べない。
 俺が考えているとちい先生が「売っている場所なら僕が知っているよ」と大人びた声で言う。

「じゃあ一緒に買いに行こうか」
「そうだね、それは素敵な提案だ」

 米くんとデートだなんて。

 俺は続いたちい先生の言葉にびっくりして足を滑らせそうになった。
 どうにかこうにか持ちこたえはしたけれど、俺の顔は動揺して真っ赤になっているのが急激な火照りで分かる。

「おや、大丈夫かい」
「で、デート、デートって……」

 ちい先生はこてん、と小首を傾げ「違うのかい?」と上目遣いに俺を見る。

「好きなひとと一緒に出かけることを言うのでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ、デートでいいじゃない」

 そうだろうか、そうなのかもしれない。
 なんていったってちい先生だ。ちい先生の言うことには間違いなんて早々ないものだから、俺は頷いてしまう。

「じゃあ、米くんの空いている日に此処で待ち合わせしようか」
「へ、俺のでいいの?」
「小学生には早々切羽詰った用事なんてないものだよ」

 小学生。
 小学生とデート。
 これは犯罪ではないだろうか。いや、俺はヤクザの下っ端で犯罪ならばとっくに色々やっているのだけど。たとえばヤクザに関わる前から未成年飲酒やら喫煙やら……。今では飲むのも仕事で、下手すりゃ食うのも仕事で幸せなんだかそうじゃないんだか。
 俺はごちゃごちゃしたことで頭のなかをこんがらがせながら、最終的にはデートに着ていく服のことを考え始め、とうとうベンチから滑り落ちて地面に尻餅をつくことになった。

「大丈夫かい、米くん」
「……大丈夫だけど大丈夫じゃないかもしれない」

 ちい先生のよこす言葉は時々爆弾だ。

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