小説
親不孝者
・非王道
・生徒会と転入生



 大吉は生徒会室を目指していた。
 自分が転入した学園はなんでか知らんが同性愛跋扈して購買のおっちゃんが当然な顔してゴムとローションをセット販売するようなPTAさん来てくださいお願いしますと懇願したくなるような独特の校風だったのだがそれはまあいい、合意であるならば性的嗜好など当人たちの問題だろう。最初は戸惑った大吉だが他人は他人、自分は自分と切り離して考えることで「俺ノンケなんでそういう押し付けやめてください」と今まで築き上げてきた常識を守ることに成功していた。
 自分巻き込まなきゃいいよ、と事なかれ主義を発揮することで平和な学園生活を送ろうとしていた大吉だが、しかしこれ以上もう我慢できなかった。

「おい、会計!!」

 乱暴に開けた生徒会室のドアの先、やたらと高級そうなソファに寝そべりゲーブルトップの林檎ジュースにストローさして飲んでいるのは会計の矢那。
 眠たげな目をずかずかと入ってきた大吉に向ける矢那は「だあれー?」と間延びした声で誰何する。

「……所構わずなお前の青姦に毎回視的被害を受けてる転入生デスヨ」

 ひくり、と引き攣った大吉の顔に臆することなく矢那は「あややー」と困ったように呟く。
 大吉は事なかれ主義ゆえ自身が巻き込まれさえしなけりゃ好きにやってくれ! と割り切っている。
 逆に言えば少しでも自分が巻き込まれたら「もうあたし無理よ、やってらんない!」と頭抱えて引きこもりたいと思っている。
 矢那はそんな大吉の神経を素晴らしく逆撫でしてくれる存在だ。
 性的嗜好がどうであれ、それぞれそれなりにマナーを守って恋愛している生徒が多いなか、大吉が矢那の情事を目撃した回数は片手の指では数え切れない。相手は毎回違った。

「あんたはなんだって大人しく室内で鍵閉めて事に及ぶことができないんですかねー?」
「昼寝って外のほうが気持ちいいでしょー? そしたら誰かしら乗っかってくるんだよう」
「一々相手してんじゃねえよ性病でもうつされろ!!」

 相手しなけりゃそんな輩も減るだろうに、相手をするから「矢那はそういうのOK」と見做されるのだ。それで毎回何故か居合わせる大吉は堪ったものではない。
 大吉が心から怒鳴りつけた瞬間、生徒会室に乱入されようと矢那が一人悠々と休憩していよう平然と仕事をしていた生徒会長弥生と副会長狭間が立ち上がった。

「矢那に乗っかる相手は生徒会家族お父さんの俺と」
「生徒会家族お母さんの私が事前チェックしての許可制なので」
「矢那が性病うつされるなんていうことは!」
「私達の矢那に対する愛情にかけてありえませんね!」

 存在感すら消して仕事していた人物とは思えないほどの威圧感をもって「ふははははは!」と笑い出した弥生と狭間に大吉は「うわあ」と声を上げて後ずさる。

「いやいやなんなんですか生徒会家族って……」
「ふっふっふ、転入生のお前は知らないか。ならば教えてやろう」
「それは十年以上昔のことです。多感期は多感期なりにいっぱしのプライド持って大人ぶりたかった私達の前に現れたのはひとりの天使」
「その名は矢那。そう、矢那もまた転入生だった。幼等部じゃそんな意識欠片もないが」
「お兄さんぶって世話を焼こうとする私達」
「いま思ってもうざかっただろう俺たちに矢那は言った『おにいちゃん?』と」
「あの眠たげな瞳に見上げられながら呼ばれてみなさい。この子は私達が世話を焼くんだという決意が芽生え十年経っても薄れません」
「正直こいつ俺らがいなきゃ駄目なんじゃないかと幼児が真剣に悩むようなあれやこれがあったんだが以来、俺たちは矢那のお兄ちゃん。長じてお父さんとお母さんだ」
「ふふふ、矢那にいちゃもんつけたら私たちが黙っていませんよ。矢那に非があったら私達が菓子折り持参で平謝りしにいくことを覚悟なさい!!」
「じゃあ公序良俗乱しまくってるおたくの息子さんに猥褻物陳列の被害あってるんで菓子折りよこせ」

 目を見合わせて笑いあった弥生と狭間は机から菓子折りを取り出し、欠伸しながら事態を見ていた矢那を立ち上がらせるとやんわりその頭を下げさせた。

「うちの子がほんとうにすまなかった」
「悪い子じゃないんです、言って聞かせます。ほんとうに申し訳ありません」
「ごめんなさい」

 ぺこぺこ頭を下げて差し出された菓子折りは茶道のお茶会で御用達名店の上生菓子だった。受け取った大吉は賞味期限を確認する。
 まだまだ間がある賞味期限に大吉の目尻が光った。

(……こいつら菓子折り常備してんだなあ)

 うっかり放っておけないなどと思ってしまったばかりに保護者役を背負って約十年の苦労を思うと、生徒会室へ怒鳴り込んだ当初の勢いも消えていく。

「お前、両親大事にしろよ……」

 思わずゲーブルトップ両手に頭を下げていた矢那へと呟けば、きょとりと眠たげな目が覗く。

「んー? 俺、弥生と狭間大好きだよう」

 小首傾げて微笑む矢那に「マイサン! マイエンジェル!!」「うちの息子は世界一!!」と抱きつく弥生と狭間。
 とてもとても仲睦まじい様子を見て大吉は思う。

 ――ああ、駄目こいつら……。

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あきゅろす。
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