小説
84ラウンド



 Hortensiaは総長退院パーティーで賑やかだった。

「総長が事故に遭ったって聞いたときはマジびびったっすよ」

 負傷の詳細は当然ながら伏せられ、事故に遭ったということで通している。ただ、隼とトラウマを共有する千鳥にだけはありのままを告げ、大いに泣かれた。
 泣き崩れた千鳥はそのまま隼を抱きしめて「よかった」と繰り返していた。千鳥もまた隼と同じトラウマを負っていたのだ。そして、自分ではどうすることも、どうしてやることもできないもどかしさを同じだけ。だからこそあれだけ白に傾倒する隼に苛立ちを抱いていた。

「総長ならぶつかった車のほうが大破しそうなイメージですもんね」
「どいつもこいつもひとのことなんだと思ってんだ。見事に俺の脚故障してんだろうが」

 呆れながらため息を吐く白の座るカウンターテーブルには、この先手放すことのないだろう杖がたてかけられている。

「ああ、そうだ。それで思い出した。俺来月付けで総長降りるから」
「え、ええええ!!」

 突拍子もない白の言葉にbelovedメンバーがどよめく。騒いでいないのは隼と千鳥くらいだ。

「な、なんでっすかっ?」
「お前、俺は受験生だぞ……」
「あ、そっか……いや、でも総長なら余裕じゃないっすか!」
「だからお前は俺をなんだと……」

 食い下がる拓馬に辟易として隼に視線をやれば、隼は心得たというように頷いて拓馬の頭を引っ叩いた。

「ってえ! なんすか隼さん、もー」
「もー、じゃねえよ。総長の状態分かってて無茶言うんじゃねえよ」
「うっ……」

 リハビリ中で引き摺る片足に受験、これで総長などやっていたら馬鹿だ。その辺りは分かっているのか拓馬は渋々ながら引き下がる。

「でも総長降りたら次誰がなるんすか。隼さん戻ってくるんすか?」
「馬鹿、俺も受験生には代わりねえだろうが」
「お前でいいだろ、拓馬」
「えええっ!」
「はい、拓馬で不満があるひとお手上げー、はいなーし、拓馬でけってーい」

 ぱちぱちと拍手をする白に合わせて隼と千鳥も拍手をし、日和などは拓馬に「おめでとう!」と抱きつく始末だ。

「あらあら、代変わりが激しいわねー」
「下克上じゃない分いいんじゃないでしょうか」

 初代総長とその恋人がのほほんと言い「お祝いに一杯奢るわよー」と声をかければ拍手は歓声に変わった。



「ほい、隼ちゃん」
「え、なんですかって鍵……?」
「俺の家のな」

 Hortensiaの帰り道、なんてことのないように渡された鍵に隼は呆然と立ち止まる。

「お前、あの時鍵閉めないで出たろ。無用心じゃねえか」
「あの時って……鍵、見つからなかったので……」
「だからやるよ」
「……いいんですか」
「いいからやるんだろ。嫌だったらやらねえよ」

 白はそういう男だ。嫌なものは嫌だときっぱり拒否する。そうできるだけの物理的な力もある。
 隼は思わず白の杖を持っていないほうの腕に抱きついた。

「いいんですか、俺入り浸っちゃいますよ」
「別に今と変わらないんじゃねえの。俺が起きるより早く来て味噌汁でも作ってくれりゃ万々歳だし」
「毎日作りに行っちゃいますよ」
「たまにはスープも頼むわ」

 ぽんぽんと頭をなでられ、隼は涙がこみ上げる。
 どうして白は叶えて欲しいことを全て叶えてしまうのだろうか。

「総長」
「もうすぐ総長じゃねえよ」
「……白さん」
「なんだい、隼ちゃん」

 隼はひく、と鳴る喉をなんとか堪え、か細い声で伝える。

「好きです、あなたのことが」
「そうかい」
「あなたは俺のことを好きですか?」

 怖くて一度も訊けなかった質問をする隼に、白は莞爾と微笑む。

「背負ってやってもいいくらいには愛してやるよ」

 多分な。
 付け加えられた言葉は嘘じゃない分、白から引き出せた言葉の重みを隼に伝えさせた。

「さーて、晩飯の材料買って帰るか。隼ちゃん、なに食べたい?」
「白さんが作るのならなんでも好きですよ」
「お前も手伝いなさいな」

 いつかと同じ会話をするふたりの頭上には満ち足りた月が浮かび、ふたりの足元にぴったり寄り添う影を作る。
 その影はこの先も長く寄り添い続けるのだが、白はそんなことを一々考えず、隼はただ願望として祈るだけ。

「白さん、白さん」
「なんだい、隼ちゃん」
「好きです、大好きです」
「残念、俺は愛してる」

 多分という言葉がなくなるのがそう遠くないことを、まだ誰も知らない。
 いまはただ、寄り添い夜の路を往くふたりがいた――

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