小説
78ラウンド



 指定されたビルについた白を待っていたのは三十人ほどの荒れた雰囲気を持つ男達だった。彼らはそれぞれ手に得物を携えていて、ビルの入り口を塞ぐように立っている。

「白髪のガキ、てめえが織部白だな」
「いえす、おふこーす。お呼ばれしてきたんだけど通してくんない?」
「生憎俺達は妨害しろっていわれてるんでな。ああ、そのまま帰るなら見逃してやるともいわれてるぜ」

 下卑た笑みを浮かべる男に白はかくり、と首を傾げる。

「んー、その選択肢はねえかな」
「じゃあ、ここでくたばっちまいなっ」

 言うが早いか飛び掛ってきた男たちを白は冷静にいなす。鉄パイプを振り上げ殴りかかってきた男の腹を足刀で迎え撃ち、くの字に体を折り曲げた男から鉄パイプを取り上げるとそのまま一閃、数人を払い飛ばす。脇から零れ出た数人はそれぞれ素早い突きで肋骨を狙い、怯んだところを再び薙ぎ払う。ナイフを握り締め突進してきた輩はとん、とステップを踏むように横へ移動して交わし、足を払って転んだところで背中を鉄パイプで打ちつけた。

「いいねえ、便利だねえ」

 くるくると鉄パイプを回しながらあっという間に残り十数名となった男たちを見遣れば、男達はじり、と後退し始める。

「どんな報酬用意されたか知らねえが、失敗してぼろくそになってもらえねえのと、無傷で逃げてもらえねえのなら断然後者じゃねえの?」

 白の言葉に男達はあからさまに揺らいだ。その様子に白は頭の中が急速に冷めていくのを感じて、ため息を吐く。
 この程度で揺らぐなら男達に切羽詰った事情はない。それこそ人数用意されて相手は一人、それでちょっと多い小遣いがもらえるなら、という理由で白の前に立っているに過ぎないのだろう。

「その程度ならとっとと失せろ」

 がん、と鉄パイプで地面を打ち鳴らしながら吐き捨てれば叫び声を上げて一人が白に向かって走り出し、何かを投げつけた。それを鉄パイプで打ち落とせば立ち込めたのは甘ったるい匂い。怪訝に思うより早く男が白に向かってナイフを突き出すが、白は男の腕を鉄パイプで絡めとり持ち手を返して突き飛ばした。潰れた蛙のような声を上げて地面にのたうつ男に、誰かが悲鳴を上げて逃げ出す。それにつられてもう数名。残った数人は硬直していた。

「んだよ、これくらいでかよ、つまらねえよ、地元の不良のほうがまだ粘着質だったつうのによう」

 がん、がん、がん。地面を打ち鳴らしながら白は男達に向かっていき、未だ硬直する男達の前に立つと容赦なく鉄パイプを振り払った。



「棍、じゃないね。杖術か」
「刀に槍に薙刀の三役をこなすというあれですか」

 PCに映される映像を見て劉は感心する。真っ先に奪い取った得物の選択となによりその使いこなし。鉄パイプは打ち鳴らせばそれだけで警戒音となり得る得物で相手を威嚇する。一度怯んでしまえばそいつはもう兵にはなりえない。

「扱いに長けてるだけじゃない、頭いいよ」
「第一段階はクリアですね。どうですか? 隼」

 深緋は呆然とソファに座り込む隼に感想を求めるが、隼は応える様子もなく唇を戦慄かせている。
 深緋は困ったように微笑む。
「うれしそうだった」と告げてから隼はずっとこの調子だ。なにが琴線をかき乱したのか、深緋には分かっているがここまで衝撃を受けられるとは思っていなかった。

「次はなんでしたっけ」
「自分で用意して忘れたか。チェーンソーよ」
「……は?」

 劉の何気なく放った言葉に隼がようやく反応する。

「チェーンソー持った男との対決よ。あの鉄パイプもつかな」
「チェーンソーって……あのひとを殺す気か!!」

 三十人程度の人間相手ならば、白に分があると隼は信頼できた。それがたとえ得物持ちの相手であっても。しかし、その得物がチェーンソーなどという一撃でも食らえばたやすく命を奪える代物であれば別だ。

「死んだらその程度だったのですよ、隼。貴方が気にかけることではない」

 どこまでいっても深緋と隼の言葉はかみ合わない。

「っふざけるな、人殺し!」
「そうよ、わたくし達は人殺しよ、殺さなきゃ殺される。お前はいいな、深緋がいて。深緋は必ずお前を守るよ」
「現在進行形でひとを拘束誘拐しといて何言ってやがるっ」
「それは今だけの話よ。兄弟水入らずで贅沢に暮らせる。なにが不満か」
「劉、隼は先ほどまで私が兄だということを知らなかったのですよ。すぐに打ち解けるのは難しいでしょう」
「そんなものか」

 隼は頭がおかしくなりそうだった。言葉は通じているのに何をいっているのかが通じない。
 縋るようにPCへ視線を戻せば、白はビルの中に入って廊下を歩いているところだった。

(なんでですか、総長。貴方極度の面倒くさがりじゃないですか、なんで来たんですか)

 嘆くように隼は思う。

(来なければ、俺は……)

 ――期待しちゃってんの?

 不意に千鳥に言われた言葉がよみがえる。

「……がう」
「隼?」
「違う、ちがう」
「まだ薬残ってるんじゃないのか」
「いえ、それにしては様子が……」

 深緋と劉の声も聞こえず、隼は俯く。

(そんなんじゃない、違う、俺は……)

 気付きたくないことに気付いてしまいそうで、隼は固く目を瞑る。
 けれども過去が追いついたいま、現実は隼を押しつぶさんと迫っていた。

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