小説
67ラウンド



 極度の面倒くさがりのせいか、白は興味や関心を抱くことの少ないこどもだった。
 裕福な家庭だったが家族仲は絶妙と微妙の綱渡りで、離婚した両親よりも父方の祖父母のほうが好きだった。
 なにもかもどうでもいい。
 どうとでもいい。
 そんな投げやりにも見える白は同い年のこどもから見れば異端であり、幼稚園に通っていた当時は小柄だったこともありいじめられた。いじめを受けたこと自体はどうでもいいことだったが、悪意に纏わりつかれるのは面倒くさく、白は他者のなかで孤立できるように振舞うことにした。

「あ、織部くんだ」
「今日も恰好いいね」
「恰好いいっていうよりきれいだよね」
「でも、つっけんどんでなんか怖いなあ」

 小学生の頃、白は小柄で白い髪と鼈甲飴の目と合わせて見た目はそれこそ天使のようだった。だが、性格は見た目に反して他者に厳しい、いや、歯牙にもかけない傲慢な部分を強調したところがあった。

「織部、ドッチボールしようぜ」

 休み時間、声をかけてきたクラスメイトに白は読んでいた本から目を離さないままきっぱりと言う。

「お断りします」
「えー、いいじゃん」
「僕には僕の有意義な時間の使い方がありますから、邪魔しないでください」
「なんだよ、折角誘ってんのに」

 白は本からようやく目を離し、クラスメイトを一瞥する。

「興味がないんですよ、きみの誘いも、きみ自身にも」

 憤慨して去っていったクラスメイトの背中を見送ることもなく、白は読書を再開する。
 こんな調子は中学生まで続いたが、面倒くさがって高校を地元の公立高校に進んだ辺りから今までのやり方では通らないことになった。
 中学生の終わり頃から急に身長が伸び始めた白は高校一年の段階で百七十センチを超えていて、独特の色彩と相俟って不良に絡まれるようになったのだ。
 不良たちはすぐに拳を振るいたがり、言葉が通じない。ならば今までのように口先で追い払うという行為は挑発にしかならないということで、白は長く装っていたものを投げ捨てなければならなくなった。
 そして、一皮剥けた白はといえばご存知奇妙奇天烈奇奇怪怪、どんな思考と身体能力してんだわけわからねえという仕様である。
 しかし、そんな変人野郎に返り討ちにされれば悔しさの一つや二つ湧くもので、不良たちとの攻防は激しさを増すばかり。白はまともに相手をするのをやめて逃走という手段をも身に着けなくてはならなくなったのだが、それもオーバーキルにもほどがある人数でこられた日には諦めという言葉が浮かぶ。

(どうやっても此処じゃ面倒くせえ……)

 どうせなら最初からトップとして君臨してしまえばよかったのだろうかと考えても後の祭、白は実家を出て地元から離れた高校へと転入することを決意する。地元高校では宝の持ち腐れだった頭は余裕で進学校へと白を導いた。
 まさか、そちらで不良の総長になるとは思いもしなかったのだが。



 ぱちり、白は目蓋を開いてすっかり見慣れた天井を見つめる。
 随分と懐かしい、過去の回想を夢に見た。

「あー……なんだって今更?」

 むくりと起き上がり、枕元のペットボトルを掴んで水を呷れば寝起きの体によく染みた。
 半分ほど飲み終えたところでサングラスをかけてカーテンを開き、白は今日が休日、隼が泊まっていることを思い出す。

「さて、起こしに行くかね」

 隼が泊まった日は朝食をともに作ることが習慣化されているので、少し早い時間であろうと白は遠慮することなく寝室のドアを開け放った。

「隼ちゃーん、朝ですよー」

 朝方冷えたのかタオルケットをしっかりと体に巻きつけて眠る隼に声をかければ、ぎっちりと眉根を寄せて眠っていた隼の目蓋が震える。

「隼ちゃん、隼」
「ん……」

 ぺちぺちと頬を叩けばようやくぼんやりと隼が目を開ける。

「……そう、ちょう?」
「That's right」

 ここまで寝起きが悪いのは珍しいなと思いながら、白は隼の顔にかかった髪を払ってやる。

「おはようございます……」
「おはようさん。寝たりないなら飯出来るまで寝てていいけどどうする?」
「ん、一緒に作ります」
「了解」

 むくりと起き上がった隼の頭をなでて、白は一足先に洗面所へ向かい、歯を磨く。いつの間にか歯ブラシが当たり前に二本並んでいる光景は見慣れているのでなんの感慨もなく白はその隣に置かれたケースから遮光レンズを取り出して目にはめる。
 そこへ隼がやってきて、先ほどよりもずっとはっきりした顔で会釈した。

「総長、おはようございます」
「それさっきも聞いた。おはようさん」

 入れ違いに洗面所を出ようとして、白は振り返る。

「隼ちゃん」
「なんですか?」

 顔を洗おうとしていた隼は蛇口に伸ばしていた手を下ろす。

「今日の卵焼き甘いのと葱入りどっちがいい?」

 隼はくすり、と笑い「じゃあ葱入りで」とねだった。

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あきゅろす。
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