小説
63ラウンド



 ちょうど昼休みになってから顔を見せた千鳥はなぜか、面白がるような顔をして白のほうへやってきた。

「そーうちょー」
「厭な予感がぶり返した、俺はもう駄目だ後は任せたぞ隼」
「総長、諦めないでください」
「ひとの顔見て世を儚むのやめてくんないー?」

 白はそれこそ厭そうな顔をして大げさに千鳥から距離をとりながら教室を出る。これから購買という戦地に赴かなくてはいけないというのに、確実になんらかの面倒ごとのネタを仕入れた千鳥の相手などしていられない。
 しかし、千鳥は余程面白いネタを仕入れたようで隼と同じく購買に用などないだろうに白に並んでついてくる。百八十センチ越えが三人並んで歩くとはなんともけしからん通行妨害である。威圧感的な意味でも。

「ねー、そうちょー」
「聞きたくない聞きたくない」
「総長耳塞いだだけじゃ聞こえますよ」
「隼ちゃん総長からのお願い、千鳥ちゃん黙らせて」
「廊下で喧嘩しちゃあかんでー」
「……前言撤回」

 物騒な頼みごとをした直後にすれ違った忍足から忠告され、白はそれに従った。余計な騒ぎは余計な厄介ごとを招くだけだとよくよく知っているのだ。例えば隼と出会ったとき、諾々と殴られていればいまの関係などありえなかったように。

「――随分と人間らしくなったねえ、白」

 ひゅっと耳を塞ぎ、目を瞑っていた白は息を呑み、全身を弛緩させる。
 ありえない声を聞いた気がする。
 ありえない気配をそばに感じている気がする。

「誰だ、てめえ」
「あ、弟さんじゃん」
「はあっ?」

 白は目をかっぴらいて現実に立ち向かった。
 なにか、聞き捨てならない台詞を千鳥から聞いた気がする。それを問い質すより早く、白の視界に見慣れた白と見覚えのあるオレンジブラウンが入った。

「やあ、久しぶりだね」
「……なんでここにいるんですかねえ? あと弟ってなんだ」
「えー、そっちの白い奴が弟さんでしょー? おにいちゃんって呼んでたよ」
「本当ですか、そうちょ……」

 素早く白は隼の口を塞いだ。

「総長」

 しかし、そんなことをしても彼には無駄だということくらい、分かっていたはずだ。

「お前、随分と愉快なことになっているようじゃない」

 くすくすとオレンジブラウンの髪の青年が笑い「ねえ?」と後ろに立つ白髪の青年に相槌を求めるよう首を巡らせる。

「なにが愉快だ、色狂い」
「わたしが色狂いなのは流宇の前だけだよ。ねえ『おにいちゃん』」
「うるせえええええええええ! その悪趣味な呼び名を使うんじゃねえよっ」
「え、なに兄弟じゃないの?」

 白はぎらり、と目を光らせる。思わず千鳥は一歩引いたが、海老茶の制服をまとう青年たちはのんびりとした空気を崩さず、逆に相手の空気を崩壊させるようなことを言う。

「流宇、この子と白は兄弟だよ。穴的な意味で」
「やめろ歩く黒歴史!!」
「失礼だねえ……ああ、いつまでもオトモダチに挨拶しないのは失礼だったね。
 初めまして、わたしは織部優。そこにいる織部白の又従兄弟で初体験の相手だよ」

 優はにっこりと満開のカサブランカが如く微笑んだ。
 そこから先、白には記憶がない。



 全力で走り去った白に優は「おやまあ」と然して驚いたふうでもなく声を上げる。

「あっち行ったなら購買だな」
「総長のことだからね」

 肩を竦める隼と千鳥に優は頬に片手をあてる。

「白はいつもああかい?」
「……概ね」

 話しかけてきた相手が相手だからか、それとも総長と仰ぐ人物の挙動不審が日常であることを認めるのが憚られたのか、隼は僅かに視線を逸らしながら頷く。

「ふうん……随分と人間らしくなったもんだねえ」
「どういう意味ー? っていうかさっきのほんとうなわけ?」
「ああ、わたしがあれの初体験ってやつかい? それならほんとうだよ」

 優はくすくすおかしそうに笑う。
 隼はそれに言い知れぬ胸の痛みを覚え、無意識に拳を握った。この感覚は白が転入してきた日、手を差し出されたあのとき感じたものに似たような、共通したなにかがあるような気がする。

「人間らしくなったっていうのは?」
「なんだか尋問されている気分だね。
 わたしの知っている織部白というのはね、常人離れした人間特有の傲慢さを持った、ふりをしているひとさ」

 隼は眉を顰める。

「ほんとうはなんにも興味がない、面倒くさがりで、だからそんな部分を異端視されて厄介ごとを招くのを忌避してそれらしい性格、人格を装っている。
 中学生頃なんていかにも生意気な天才君に見せかけていたよ。まあ、それが面倒になったというならそれまでだけれど、わたしの目から見て白は随分と変わった。
 例えば誰かと食事をしようとしたり、ね」

 意味深な視線を送られ隼は思わず一歩下がりそうになる。
 拳でどうにでもできそうな相手に気圧されるなど今までは考えられなかったが、目の前に立つ織部優という青年は底知れぬ、得体の窺えなさがあった。

「じゃあ、わたしは失礼するよ。流宇、手続きのほう頼んだよ」

 優の言葉に流宇は頷き、会釈をして千鳥の横を通り抜ける。優はそのまま隼と千鳥に背を向けて歩き出したが、ふたりはその背中を引き止める言葉もなく、気にもなれなかった。

「……隼」
「なんだ」
「怖い顔してるよ。総長戻るの教室で待ってたほうがいい。機嫌悪い時に怯えられるの鬱陶しいでしょ」

 隼は派手な舌打ちをして踵を返す。
 尤もだったからだ。

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