小説
62ラウンド



 belovedメンバーの大半が総長に倣えと遅刻者も減っているなか、千鳥は自分のペースを崩さず遅れて登校していた。
 革靴から上履きに履き替え、ぶらぶらと教室に向かって歩く途中、見慣れた色を見つけて千鳥は足を止める。

「あれー? なんで総長が……」

 白い髪を風に揺らしながら事務室から出てきた人物を見て千鳥は首を傾げる。職員室ならばともかく事務室に用があるとは思えないし、なにより違和感があった。

「総長、背ちじんだ?」

 百九十センチを越える長身の白だが、いま千鳥に背を向けて歩き出そうとしている人物の身長はそれよりも低いように思えたのだ。

「そうちょー」

 とりあえず声をかけてみた千鳥だが、歩き出した白髪の青年は振り返らない。白ならば聞こえないということはほぼありえないのでいよいよ疑問を覚え、千鳥は軽く駆け出して青年の腕を掴んだ。いや、掴もうとした。
 ひゅ、と風を切るような音をたてて青年は千鳥から距離をとって振り向いた。その顔は無表情に近かったが独特の強面ではなく、目はサングラスもつけていなければ鼈甲飴色でもない。うすぼんやりと煙ったい色合いをしていた。

「あんた、だれ……」

 咄嗟に反応できなかった自分に驚きながら、千鳥は思わず疑問をこぼす。
 青年はこくり、と首を横に傾げながら胸ポケットからメモ帳を取り出す。そこでようやく千鳥は白に直結していた髪色から衣服の違いに気付く。浅実高校は留紺のブレザーだが、青年は海老茶のブレザーを着ていた。
 完全な己の注意不足に千鳥が舌打ちをしかけた直後、メモ帳にペンを走らせていた青年がそのメモ帳を突き出してくる。

「なに……? えっと『同じ髪色のひとを知っているんですか?』って……」

 千鳥は青年を見る。
 青年は喉元に手をやり、顔を左右に振った。つまりはそういうことだ。
 しかし、言葉は通じるようなので千鳥は頷く。

「ああ、見かけようにも見かけない色だから間違えた。ここの生徒じゃないみたいだけど知り合いなの? こっちの白髪は織部白っていうんだけど」

 青年はこっくりと頷き、再びメモ帳にペンを走らせた。

「……はあっ?」

 再度突き出されたメモ帳に書かれていた「おにいちゃんです」という簡潔な一言に、千鳥は素っ頓狂な声を上げた。



 白は厭な予感に見舞われていた。
 なにか、途轍もないなにかが身に降って湧く予感がしてたまらず、箸でつまんでいたシュウマイをぼとり、と弁当箱のなかに転がす始末。ちなみに授業中に隠れての早弁である。寝起きの暑さに耐えかねてちぎったキャベツと蒸し鶏だけで朝食済ませた故の敗北だ。気配を殺してまで弁当を食わねば背中と腹がくっつきそうだったのだ。しかし購買戦争に挑む理由作りをしてしまったのはやっぱり敗北なのだ。白はめんどうくさいことが大嫌いなのだから。

(なんだ、俺はなにかをやらかしたのか? それとも誰かがやらかす出来事に巻き込まれるのか? 不良関連なら隼ちゃんに押し付けよう。拓馬でもいいな。いや、拓馬は俺にやらせたがるから日和……優雅な社長出勤の千鳥でも……)

 考えかんがえおかずとご飯を交互に口へ運び、最後に沢庵を口へと放り込んだ白はごきゅり、とミニペットボトルのお茶で腹を落ち着かせる。無駄に能力をフル活用したので誰にも気付かれることなく白は弁当を完食した。しかし胸騒ぎがとまらない。

「隼ちゃん、俺今日死ぬかもしれねえわ」
「授業中に話しかけるの珍しいですね。あと総長は八十過ぎても長生きしてますよ。俺と漬物といっしょに年重ねるんです」
「糠どこ臭いプロポーズだな、おい」
「プロポーズしてくれるならいつでも受付けますよ」
「やだ、積極的」

 弁当の次はお喋りとどこまでも授業を舐め腐った白だが、他愛ないやりとりは小声で行われているために教師が気付くことはない。

「で、なにかありましたか」
「なんか厭な予感すんのよ」
「漠然としてますね。気にするだけ無駄でしょう」
「そうかなあ」
「ガスの元栓でも閉め忘れたとかですか?」
「長期の旅行でもなし、一々閉めねえよ」

 面倒くさい。
 家事スキルが高くとも白はそこまで徹底した節約主義者ではないのだ。
 では、なにが不安なのだろうか。そもそも厭な予感とは不安と直結しているのだろうか。
 ぐるりぐるり考えているうちに終業ベルが鳴り、白は「たしかに考えるだけ無駄だったわ」と机のなかに弁当箱をしまった。ちなみに隼はきちんと教科書をしまっている。祭上げられた総長のほうが不真面目とはこれいかに。突っ込む勇気とその気がある人物は教室にはいなかった。



 彼は海老茶の制服をまとって職員室に赴いていた。
 約束があったのだろう、すぐに学年主任がやってきてどこか怖気づいたふうに挨拶をする。

「――姉妹校、葛谷学園より生徒代表として参りました、織部優です」

 彼はふわり、とカサブランカが満開に咲き誇ったかのような笑みを浮かべた。

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