小説
57ラウンド




 死にたくない。
 赤組一同は大将の白たちを見て思った。
 死にたくない。
 大将に祭上げられ、あのbelovedに担ぎ上げられた奥田は思った。もし自分が過失を犯せばどんな制裁があるのか、想像しただけでちびりそうだがそんなことしようものならそれこそ制裁である。

「では、これより騎馬戦を開始します」

 無情にもアナウンスが入り、男たちの激しいぶつかり合いが始まる。

「はちまき取ろうなんざ考えるな、こっちで足払いかける。後ろ踏ん張れよ」
「了解です」
「はいはーい」

 奥田は安心するのと同時、余計ここにいるのが自分じゃなくてもいいではないかと嘆いた。
 それにしても白のやり口は汚い。正々堂々という言葉は母親の腹に置いてきたのだろう。その母親は白そのものを置いていったが交流がないわけではない。成田離婚後の妊娠発覚は複雑な事情を生むものだ。
 やり方はともかく次々と相手を崩していく白に、次第と狙いが集中し始めた。赤信号みんなで渡れば怖くないの心理だ。

「ちっ、小賢しい!」
「奥田、はちまき渡すなよ」
「はいいいっ」

 隼の脅しに半泣きで返事をする奥田に伸びる手の持ち主を、そうさせまいと白は身長に見合った足を使って崩す。

「おい、大将どこだ?」
「あいつら奥に引っ込んでます」
「いい度胸だよねー」

 白は一瞬考え、にひゃりと哂った。

「突撃!!」
「はい!!」
「りょうかーい!!」
「え、えええええっ?」

 群がる男たちのなかを白たちは息の合った足運びで無理やりに突き進んでいった。振り払い、薙ぎ払い、突き飛ばし、跳ね飛ばして大将を目指す。
 目標が己らと悟った相手対象はうろたえたがもう遅い。白たちは迫る勢いのまま彼らにぶつかり、百八十センチ越え集団の重みで無理やりに崩した。

「し、白組の勝利、白組の勝利です!! 圧倒的なこずるい……知略を以って相手を侵略しました!!」

 アナウンスとともに崩れ落ちる赤組と、勝鬨を上げる白組。応援どおり、この日この体育祭で白組は全勝を上げるという歴史を刻んだ。



「かんぱーい!」

 Hortensiaでは総長の勝利を祝ってお祭り騒ぎだった。中には赤組だったメンバーもいるのだが、優先されるべきは総長であるからにして、自らの組の敗北は関係ないようだ。
 騎馬戦のせいだろう、あちこちに痣を作りながらもbelovedメンバーに笑顔は絶えない。
 その賑やかな店内の様子を、うっすらと見える窓越しに見つめる視線があった。
 黒い車中で切れ長の目を細める男は淡い笑みを浮かべ、す、と左頬をなでる。

「元気みたいですね」

 膝元には体育祭の写真が多くあり、まるで応援にきた家族のようだ。この男が何故か剣呑さをもまとっていなければ。

「どうして彼なんでしょうか。そういえば、そういったバラエティ番組が好きでしたね。だからですか? ねえ」

 写真に語りかけ、男は笑みを深める。

「もう少し、もう少しですよ……」

 どこか切なく呟いて、男は別の写真を手にとる。
 白髪の青年がピースをしている写真だ。
 男の憂いたため息はどこへとも知らず消えていく。



「あー、もしもし? あん? ああ、そうですか」

 白は携帯電話にかかってきた連絡にてきとうな相槌を打ち、通話を切る。
 途端、声を潜めていたbelovedメンバーが再び騒ぎ出し、いつまでもHortensiaの賑やかさは変わらず、その夜は笑顔が絶えないままの楽しい空気で終わった。

 まるで、不穏なものを覆い隠すように――

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