小説
55ラウンド



 新緑の季節、白はなんでか慌しい空気の校内に頭を捻っていた。
 先日なんか一線越えたようで踏み止まった関係の、いや、そも酒の勢いでのなんてノーカウントであるところの隼に訊ねようかと思ったのだが、その隼も大体のところを把握しているようで自分ひとり知らないなんて、と笑われるのではというありもしない疑心暗鬼に駆られた白はとうとう今日という日を迎えた。
 体育祭である。
 さぼったり、周囲が怖がったりで、そもそも知っていて当然の空気のなか情報を得られなかった白には寝耳に水だ。

「……どうりで今日の弁当が気合入ってるわけだ」
「どうかしました?」
「なんでもないよ、隼ちゃん」

 体育祭などさぼればよかろうと思っていた白だが、総長そうちょうと外では呼んで欲しくない呼称で駆け寄る拓馬によってそれも叶わなくなる。

「総長の応援団長楽しみにしてます!」
「ほわっつ?」

 応援団長とはなんだろうか。
 自分の知らないうちに自分が知っておいたほうがいい部分まで話が進んでいる気がして白は千鳥の腕を引っ張って連れ出し、声を潜めた。

「おい、千鳥ちゃん」
「なあに、俺は総長とヤる趣味ないよ」
「俺もねえよ。なあ、俺も参加しなきゃいけねえのか?」

 そのときの呆けた千鳥の顔を、白は一ヶ月くらい忘れない。



 浅実高等学校には代々名物と呼べるものがある。
 一つは応援合戦。
 一つは騎馬戦である。
 なぜか不思議なことに白は両方に参加することになっていた。
 というのも、応援にはそれなりの箔がいる。不良の総長にもってこいだ。
 問題は騎馬戦である。これは激しい。文武両道をなにもこんなところで発揮しなくてもといいたくなるほどに激しい。
 言うまでもないが白が参加するのはこの二つだ。
 応援団にいたっては団長である。
 さすがに騎馬戦は重量の都合で櫓だが、白、隼、千鳥の三人に担ぎ上げられることとなった哀れな羊はさめざめと涙を流した。ちなみに名前を奥田正臣という。

「……え、じゃあ今まで授業しないでなんかやってんなって思ってたのは全部今日のためなの?」
「教師の話きかないからだよう」
「お前にだけは言われたくない」

 幸いなのは白がそれなりに真面目に練習に参加していたことだろう。これでなにも分からず応援なんぞした日にはヤクザの大喝と大して変わらない。この点に関しては参加していようがいまいが変わらなさそうだが、気持ちの問題である。いきなり士気を上げろと言われたら白は躊躇なく「足引っ張ったやつはごーとぅーへるだがおーけぃ?」と言うだろう。やはり練習は大事である。
 そんな自身の敬愛する総長にさり気なく練習を勧めていた隼は、自身の努力が実ったとばかりに額の汗を拭う。
 和気藹々とするbelovedの片隅でさめさめざめざめなくのは正臣のみだ。だが場違いなのは間違いなくbelovedである。

 さて、間もなく開会式が始まり、それを告げる花火が上がる。
「血が騒ぐな」なとそれっぽいことを言ってみたいだけで言った白は周囲にいらん誤解を与えたがそれに気づかず、真面目に整列した。背の高さで並ぶので百九十センチを越える白は当然先頭になり、今度はじっと教師の話を聞こうと校長を見つめて校長の光る頭に汗を流させた。

「で、では、これより代四十三回浅実高等学校体育祭を始めます!」

 言い切った校長は逃げるように壇上から駆け下り、その方を副校長が叩き、学年主任が水を与えるなど甲斐甲斐しく世話をやく。

「年だからかな」

 その光景を原因たる白がそう評価すれば内心で「違います」と断定しながらも隼は沈黙を貫いた。できた副総長は無駄口を叩かないのだ。
 ただ、千鳥だけはへらりと気の抜けたような笑みを浮かべていた。

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