小説
52ラウンド



 美術展は盛況だった。
 単純に美術品を鑑賞するもの、一七夜月グループと縁を持ちたいものがこぞって集まり、途中でしのぶが「犬」を投入したほどだ。

「犬がいるとやる気おきねえんだよなあ」
「いいじゃねえか、楽できて」
「あいつらの身分的に重要点の警備はできないし、本来は犬付きの奴らに侍ってるのが役目だろうが。肝心なとこで役にたたねえ」
「仕事までとられたら俺はこのバイト辞めるね、絶対にな!」

 時間が限定されているので誰もいない空間、青磁をちらりと一瞥してからトリスタンはくすくす笑う。

「まさかお前のクラスメイトがね」
「あいつ三次元の人間じゃねえよ。モデルやってて不良の3でイケメンで顔がよくて足が長くて愛想がよく……あいつささくれた箪笥の角に小指ぶつけねえかな……」

 相変わらずの白にトリスタンは呆れた顔をする。

「もういいんじゃねえの、それ。日本じゃ耳にたこっつうんだろ?」

 白は思わずといったように口角を上げる。これが陽性のものならばしのぶそっくりだが、どう見ても嘲笑であるからにして笑みの理由はろくでもないのだろう。

「もう、そんなもん区別つかねえよ。元々境界なんてないんだ」

 意味深に呟いたのを最後に、白は明かりが付けられる寸前に室内から気配と存在感を完全に消した。
 もはや見つからぬ白に代わりやってきた老人にトリスタンが愛想よく挨拶する。

「この通り、一切合財無事でございます」
「うむ」
 かんらかんらと笑い、老人は部屋の戸口で待機していた使用人に合図する。数人が入室して青磁に手を触れようとするが、その手ごと使用人のひとりが吹っ飛ぶ。

「なっ」
「一人目ですよ、御大。
 この青磁は本来彼の国にあって然るべきだ。それをあの国に強奪され、いまでは極東の島国に……破壊してしまいたいほど腸煮えくり返ってるんでしょうよ」

 吹っ飛んだ拍子に使用人の袖口からバールのようなものが落ちた。

「幸いにも今回は一人ですが……公開時間内は一瞬たりとも気が抜けませんね」
「それなのに貴様ひとりでは役に立たんではないか!」
「いえいえ、まさか――」

 トリスタンは老人を言葉巧みに丸め込み、部屋を出て行った背中に向かい肩をすくめて見せた。



 夜、全ての美術品は倉にしまわれた。しかし、倉の構造を把握したものもいるだろうという見解から、少しばかり「改装」するまで白とトリスタンの仕事は続く。
 昼だけで偽造チケット事件、成りすまし事件、様々な方法で一七夜月邸に入り込もうとした招かれざる輩がいたものの、その全てはOASの警備と「犬」によって拘束された。
 しかし、ふたりは見抜いていた。捉えた全員がばらばらの位置にいたということ、その意味を。

「諦めりゃいいものを」

 老人にはアフターサービスといって青磁の深夜番をするふたりは近づいてくる気配に呆れる。たった数時間でここまで辿り着く手腕は大したものだが、彼らは勘違いしている。
 この部屋には、青磁の番は、二人いるのだ。
 がちり。
 歪な音をたてて部屋の鍵が壊される。
 素早く開かれた扉はその何倍もの素早さで蹴り飛ばされた。
 上がる悲鳴と警報。
 戸の脇に潜んでいた白は爪を剥いでしまったらしく戸にかけていた手を押さえて悶える男の鼠蹊部を踏みつける。
 ゴグ。
 また奇妙な音。
 強制的に歪まされた鼠蹊部では片足で逃げることもできないだろう。
 複数いようが白の手足は二本ずつある。片足で攻撃しているあいだにもう一人を引き掴むなどたやすい。手加減しながら壁に側頭部を叩き付け、磨り付ける様に投げ捨てれば日本語ではない言語で喚く輩が次々とやってくる。
 しかし、暗闇で気配を消してしまえばそこはもう白の独壇場だ。トリスタンはただ青磁を守っていればいい。
 数十分にも感じられるが実際には数分後、全ての侵入者を無力化したところで母屋からひとがやってくる気配を感じ、白は再び気配を消す。
「面倒全部押し付けやがって」と思いながら、トリスタンは侵入者の惨状に青い顔をする人々に愛想のいい顔をしてみせる。

「どうぞ、青磁には一切傷などついておりませんのでご確認ください」

 過剰防衛で訴えが起きそうな出来事だが、トリスタンはなにも心配していない。
 織部が綾なすくもの糸は広くひろく、そして依頼主の老人も自身の宝に手を出す不届き者を許さぬ人間だ。この件はただただ噂話程度で収束するだろう。
 トリスタンは馬鹿馬鹿しくなってますます笑みを深め、人々を一歩遠ざけたが構いやしない。
 自身には愛する妻と子がいる。それさえ守れれば両手が血塗れになったって構いやしない。
 構いやしないとも。
 背後に立った青年が「泣き虫」と小さく音で笑ったって絶対に構って堪るものか。

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