小説
新春全裸祭〜今年は合法〜(前)〈混合〉
今日も今日とて新年の寒さすら吹き飛ばす偉丈夫は、その裸体を惜しみなく晒していた。
「去年は服を着ることを強制されて辛かったが、今年は同じ轍を踏まん」
「そういいながら早速全裸じゃないですか」
荒んだ目で若い天狗が呟けば、ドヤ顔をした長が振り返る。
「――今年は合法的にいくぞ!!!」
某学園の生徒会長の寮部屋にて、孝則は無造作に置かれたはがきに目を留めた。
「天狗の里、葉高温泉?」
聞いたことのなゐ温泉だが、印刷された風景は自然の中に切り出された岩風呂でなんとも好い風情である。
「孝則、どうかし……ああ、それか」
「満也、旅行でも行くのか?」
行ってくれればあれこれ手配したのに、と思いながら問えば「ダイレクトメールの類だろ」と満也が肩を竦める。そういったものは大体処分される学園だが、たまにこうして選別を逃れて届くものもあるのだ。
「でもいいところそうだな」
「行きたいのか?」
「うん? 丁度休みだしいってみてもいいかもな」
満也はきゅうと難しい顔になり、不意に顔をそらせる。
「孝則が行きたいなら、連れてってやらないことも、ない!」
真っ赤になった耳に安定した睡眠時間を得ている孝則は微笑み、後ろから満也を軽く抱きしめた。
「うん、一緒に行こうか」
天狗の犠牲者がまず二名確保された瞬間であるとは露にも思わず、満也は真っ赤になりながらぐりぐりと頭を孝則にすりつけた。
「混浴、だと?」
白はポストにはいっていた葉書にヘレン・ケラーが「ウォーアー」と叫んだ瞬間のような衝撃を覚えた。
葉書に印刷されたのは情緒溢れる露天風呂の風景ときゃっきゃうふふとばかりにご満悦な顔をした男女の姿。
「総長、どうしました?」
「隼、温泉旅行に行くぞ」
「はい?」
いつもながら唐突に物事をおっぱじめる白に目を白黒させた隼は、突き出された葉書を受け取って「ああ」と納得した声を落とす。
天狗の里 葉高温泉ゆらり旅
天念の岩風呂で交流を深めませんか?
そんなことが楷書体で印刷され、その下に「この露天風呂は混合浴です」と注意書きがされている。
「……混合浴?」
普通は混浴ではと思ったものの、すでにのりのりでジュラルミンケースを引っ張り出している白に水を差すのも悪く思い、隼は抱いたかすかな違和感を手放した。
「真人、今度の連休に旅行へ行かないか?」
「は、はい?」
寮部屋を訪れた歩からの誘いに真人は驚いた。
時折突拍子もない発言をすることはあるが、予定に関しては段取りよく物事を進める歩なので、こういった唐突な誘いに真人はどう対応したらいいのかわからない。
「葉高温泉を知っているか?」
差し出されたのは一枚の葉書。
天狗の里 葉高温泉と印刷された葉書にはペア旅行のプランが簡潔に書かれている。
「ふ、雰囲気のいい温泉ですねって、これ混浴ですかっ?」
注意書きのように書かれた一文に真人の顔が一気に赤くなるが、歩は「そうだな」とうなずくばかりだ。
それがなにか、という態度をとられてしまうと真人の性格上、自分がおかしいのではないかと思ってしまい、それ以上の言葉が出てこない。無表情の裏でそういった真人の心理を理解している歩はとどめとばかりにもう一度繰り返す。
「真人と旅行に行きたいのだが、駄目だろうか?」
長い沈黙のあと、蚊の泣くような声で真人は承諾した。
「よーし、予想以上の手ごたえだ」
「長、まるで混浴みたいな書き方してましたがいいんですか?」
「ああ? 混合浴で間違いねえだろう」
「確信犯ですか……」
若い天狗は肩を落とし「せめて神隠しは起こさないでくださいよ」とだけ長に言い、疲れたように高い木の枝から飛び去った。
「……相変わらずほっせえな」
その後姿を見て呟いた感想を聞けば、若い天狗は一本下駄を履いた足で全力の喧嘩キックを長の脛にかましたことだろう。
「あ、そうだ。鴉天狗も誘うか」
いそいそと自身が腰掛けていた樹から葉っぱを毟ると、長はふっと息を吹きかける。
あっという間にダイレクトメールと化した葉っぱは、長に手放されるや否や風にのって鴉天狗が治める山へと飛んでいった。
「よし、これで準備完了だ!」
いつでも脱げる! と大声で叫んだ長の頭に小ぶりの一本下駄が飛んでいった。
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