小説
47ラウンド




「……うそ、どうして……」

 湊は思わぬ人物の姿と、その侵入してからの行動に引き攣った声を出すが、白の返事は無情なものだった。

「嘘じゃない、これは現実だ。何故か、これは簡単だ。
 知っていたよ、俺は。俺は知っていたとも。お前らのくだらない催しごとを知っていた。しかし全体を知れば面白くないと思って設定は聞かないでいた。だけどお前らは何一つ俺の予想を外すことをしなかった。だから俺はもう少し遊ぼうかと思った。
 ――お前らが千鳥ちゃんに手を出さなきゃね」

 全て知られていたという事実に湊は青ざめる。白はそれに威圧感も強面もまるで無関係になってしまうような微笑を向ける。ひゅう、と誰かが息を呑んだ。

「俺は遊ぼうと思った。でもその遊びは『誰か』に都合が悪かった。いや『面白くなかった』が正しいか? それにちょっと悲観さをプラスしといてくれ。
 ああ、ああそうだな。誰かにとっての『悲痛』が誰かにとって『排除したい』ものだったんだ。
 体まで張られていつまでも遊んでいられるほど俺の神経は図太いんだが、まあ今回はその狡猾さに免じてというわけでここにいるわけだ。Tu vois ?」

 理解したか? と笑いながら首を傾げて地下店内を見渡した白は開け放したままのドアに目を向け、瞳孔をきゅう、と細くする。白の目からすればほの暗い地下店内からドアの向こうを見るのすら眩しい。

「さて、皆さん起き上がり辛いかたちで転んでいただきましたが、それほどダメージはないものと思われます。とくにミナトチャン」

 まるで司会者の口調で「ここに録音テープがあります」と白は録音機を取り出す。再生させればユラヴィカによるbelovedへの危害計画や、波瀬が千鳥を切りつけたと明確に叫んでいる声が流れる。

「そしてもう一つ、今度は携帯電話でございます」

 白は青褪めながら呼吸を荒げるユラヴィカを無視して電話をかける。ワンコールで相手は出た。

「あ、隼ちゃん? 降りてきていーよ」

 話を聞かせないために、白は隼を上で待機させていた。
 その隼がやってくると知り、ユラヴィカの誰かが悲鳴を上げる。
 かつん、かつんゆっくりと階段を下りる音とともに深緋の髪を揺らしながら隼が地下店内にやってきて、白の隣に並ぶ。隼の後ろには千鳥こそ「傷増えたり残ったりまずいから暴れるの少し控えるー」と言ったのでいないが、拓馬や日和を筆頭にbelovedメンバー数人がいる。狭い店内で多すぎる人数は逆に面倒くさい、と喧嘩なれしたbelovedメンバーはよく知っている。
 いよいよもって死蝋のような顔色になったユラヴィカを見下ろしてから、隼はにこり、と笑いかける。

「――半殺しにしますか? それとも皆殺し?」

 悲鳴を上げて湊が逃げようとしたが、唯一の出入り口にはbelovedがいる。すぐ捉えられた湊の頭をやさしく撫でながら、白は隼の問いに甘ったるい声で答える。

「お好みでどーぞ。
 あ、イケメンは念入りにな!」



 belovedがユラヴィカを潰したときいて、ユラヴィカを鬱陶しがっていた他の族たちはこぞってbelovedに好意的な声をかけていった。なかにはbelovedに入りたいという者も多かったが、殆どが却下されている。その辺りの判断基準は隼たちに任せているので白は知らぬ顔だが、街中でいきなり「belovedの総長っすよね! お会いできて光栄です!!」と握手を求めてくる輩は全員鯖折りにしてやりたいと思っている。
 白がこの態度で隼の判定こそ厳しいが、belovedのなかにはメンバーが増えてもいいんじゃないか、という意見のものもあり、最終的には「後続団体」として区分するという形で落ち着いた。もちろん、それも厳しい判断があるし、何事かあっても責任は各総長が負うものと書類まで用意するという徹底振りだ。
 これでbelovedの勢力は一気に拡大した。そろそろヤクザがパシリとしてスカウトしにくる日も近いのではないかとHortensiaで拓馬が冗談めかして言っていたが、そのすぐ後ろで清酒を飲んでいた白は「どこのマフィアだ」とその筋の方に声をかけられたことがあるので笑い事ではないかもしれない。

「あーあ、散々体動かしたのにもうすぐ体育祭か」
「さぼりますか?」
「最後だし出る」

 belovedによる花見のためにせっせとぼたもち、三色だんごを作りながら言った白に久々に白が暴れるところを見れてほくほく気分が続いている隼は「なら自分も今年は出ます」と意気込んだ。去年はさぼったとうことがよく分かる台詞である。

「じゃ、今年最後の桜を見に行きますか」
「はい!」

 ほどなく甘味とは別に作った桜の香りが上品で散らした白ゴマが香ばしい薄墨ご飯のおにぎりと、ぼたもち、三色だんごのつまった重箱を持ってふたりはbelovedメンバーが待つ公園へと向かう。
 この日見た桜が散ればもう初夏だ。
 白はマンションの鍵を閉めながら、白々とした太陽に照らされた青空を見上げる。
 町並みのそこここに見える薄紅は新緑へと姿を変えるだろう。

 時間は確実に変化をもたらすものだから――



・薄墨ご飯
桜ご飯ともいう

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あきゅろす。
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