小説
46ラウンド



 やはり、やはりこうなるのか。
 白はへらりと笑いながら遅刻ギリギリの時間に登校し、ガーゼの上からテープを巻いた腕を振る千鳥を見ていつもどおりの無表情で思う。

「一人ならどうにでもできたんだけどさー、女の子いっしょのとこで数人がかりってひどくなーい?」
「そうだな」
「ナイフとか持ち出されちゃって、女の子先に逃がしたすきに食らっちゃった。痕は残らないっぽいからいいけど、これから初夏だしねえ」

 時折モデルとして撮影のある千鳥にとって体は商売道具である。これからの季節は薄着の衣装を着ることも多くなるので露出する部分に傷痕など洒落にならない。
 だというのに翌日には飄々とHortensiaへ顔を出すのだから、大概図太い神経をしている。

「相手は?」
「同年代だねえ。うちに喧嘩吹っかけるようなチームなんてそうそうないし、なによりそれなら人数少ないし? 受験で切羽詰ってる若者の恐慌とか有力かもー? どっか小奇麗な空気あったし、ああイヤーカフの奴多かったかも」

 最後だけは嫌味ったらしい口調で言う千鳥に対して隼の顔が物騒なものになっていくのを横目に、白はただ静かに「そうか」とうなずいた。

「情報得意な奴がいるんで放課後には相手割れます。潰しますけどいいですよね?」

 隼の断定的な言葉に白は首を肩につけるように倒し、ニイィとわらう。じっと見やるのは千鳥の灰色のカラーコンタクトが嵌った目である。

「お前ら、仲いいなあぁ」

 唐突な白の台詞に隼は目を白黒させたが、千鳥は一瞬目を眇めて「嫉妬しちゃーう?」と嘯いた。

「いや、ただただ麗しいと思うよ」
「ふふー、アリガトウ」
「隼、こんな幼馴染は貴重だぞ」
「はあ……」

 意図のつかめないやりとりに隼が怪訝な顔をするのと同時、校内にチャイムが響く。前後するようにダウンジャケットを羽織ったままの忍足が入ってきて「今日めっちゃ寒いわー!」と声を上げた。

「今日の日直はーっと、織部くんやね。んじゃ、よろしゅう」

 白は無言で席を立ち挨拶を促す。朝礼が始まってしまえば隼の疑問は晴れる機会を失い、まま霧散する。
 ただ、席に座りなおすさいに小声で「帰り、出かけてくる」と言った白の声にさり気なく覗った千鳥の顔が歪な笑みを浮かべているのが不思議だった。



 下校時刻、それぞれ帰宅を果たしてからしばらく、湊たちはバーの地下店内にいた。
 誰しも苛立った顔をしていて、なかには爪を噛んだり無意味に椅子を蹴り飛ばすものもいる始末。
 なにが彼らを苛立たせるのか。
 答えは単純明白である。
 千鳥を襲ったのは彼らなのだ。
 顔の割れている湊は参加しなかったが、千鳥が一人先に帰るという話を聞いてはいたのでさり気なく早良たちにメールを回し、今回の襲撃に繋がった。
 湊自身は着実に白と親しくなっていると思っているが、それにしても一線引かれてるのは明らかで、いつまで続くかわからない状況に苛立ちを覚え始めた彼らは一人ならば……、と千鳥を複数で襲撃したのだが、ナイフまで持ち出して与えられたのは軽傷。これが彼らの最たる苛立ちの原因である。
 どうしてあんな奴らが。
 どうして自分たちは。
 どうして、なんで。
 次第に地下店内に満ちる怨嗟。
 この場にいるユラヴィカの全員は目の下に隈をつくっている。
 本格的な受験勉強が開始され始めた彼らの通う学校は、浅実には劣るものの名前をきけば「ああ」と理解される進学校である。
 親はいう、がんばれ。
 教師はいう、上の大学へいけ。
 言われなくたってがんばっている。怒鳴り返せればどれだけすっきりするだろう。
 そんなことできやしない彼らは、溜まりにたまった鬱憤を族潰しという形で発散することにした。最初は族潰しなどではなかった。ただ、少し小競り合いをして品行方正な周囲の印象と理論武装で相手をやり込めたりしていただけだ。それでは物足りなくなり、少しずつ、ほんとうに少しずつ増長して彼らは「ユラヴィカ」という組織になった。
 暴力でしか語ることもできない「馬鹿ども」を潰すのは快感だった。
 馬鹿は所詮、底辺を這い蹲っていればいいと倒れた誰かに唾を吐いたこともある。
 そしてまた少しして、彼らはbelovedの存在を知った。
 トップ、幹部、ほぼ名高い進学校に通い、トップは成績上位にあるbelovedの存在はユラヴィカにとって衝撃だった。いや、いっそ悪夢だろうか。
 彼らは決して自分達が笑ってきた馬鹿どもではない。ユラヴィカのなかには浅実に受験して落ち、滑り止めで現在の高校に通っているものもいる。
 ぎりり、ぎりり。
 belovedの話を聞くたびにユラヴィカの神経は引っかかれたかのような不快感をうったえる。
 誰ともなく次の標的はbelovedに決まった
 しかし、belovedの武勇は有名。ならば内部から、と現総長である織部白に近づくも芳しい結果は中々でない。
 どうして、あんな奴らが自分たちの上にいるのだろう。
 ああ、目の上のたんこぶとは然り、しかり。

「――いっそ刺さって死ねばよかったんですよ!」

 千鳥にナイフで傷を負わせた波瀬が叫んだ瞬間、バンッ、と出入り口のドアが開かれる。
 全員が一斉に顔を向けるがそこには誰もおらず、困惑した瞬間に誰かの悲鳴が上がる。

「どうし、うあっ」

 何事かと問おうとした早良の腹がいきなり蹴り飛ばされる。はずみでカフスイヤリングがはずれ、数人巻き込み吹っ飛んだ間にもユラヴィカは次々と何者かによって蹴り転がされていく。
 不思議なことに悲鳴が上がった瞬間に目をむければ素早い人影が見えるのだが、あまりにも曖昧過ぎる気配に防御が間に合わない。
 ユラヴィカ全員が倒れ伏すのに時間はさほどかからなかった。
 ただ、湊だけは部屋のすみでがたがた震えながら無傷のまま座り込んでいる。

「――転んだくらいで怯えるなよ」

 部屋の中央で声がする。ユラヴィカがなんとか視線だけを向ければこんなに目立つのに何故気付かなかったのか、目で追えなかったのか。

 真白の色を持つbeloved現総長がサングラスをジャケットの胸ポケットに差しながら立っていた。

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あきゅろす。
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