小説
45ラウンド



 湊はHortensiaによく顔を出した。何度もを顔を合わせていればさすがの白も顔と名前をそうしようと思わずとも覚えるのだが、最初の方は愛想よく相手をしていたくせに湊が帰ってから「あいつ誰だっけ?」と隼に問いかける始末で「このひとは覚える気のないことはとことん覚えないな」とbelovedメンバーにやや呆れさせたものだ。
 逆に湊自身はそんな事情を知らないので愛想よく、存在を覚えられてからは何故か殊更やさしく接せられて自身が気に入られたのだと思いほくそ笑んでいるのが上手に繕った笑顔に滲むのを白は見逃さなかった。
 それでも白はまるで甘やかすような態度で湊に接する。

「……気に入ったわけじゃないんですよね?」

 今日も湊が帰ったあと、きれいな緑色をしたグラッドアイを飲む白はどこか上機嫌な顔で隼を振り返る。

「うーん?」

 煮え切らない白の返事に隼は焦れたようにフレンチコネクションを飲み干す。
 先日のテストのときのように上げて落とすつもりでの態度ならばいいのだ。いいのだ、なんて隼がいう資格はないとしてもそれならば……。
 しかし、今回は前回のように相手をろくに認識しないまま突き落としたのとは違い、相手をしている。ろくに覚える気がなさそうだったので安心していた隼は、途中から積極的にすら見えるほど湊に構う白に今はきりきり舞いですらあった。
 湊は何度か聞いた白の好みからはほぼ正反対の位置にいる。
 白たちに適わずとも頭自体が悪いわけではないらしく会話も続くし、愛想はそりゃもういい。時折ゴマをすり過ぎではないかと思う部分もあるが、belovedの元総長だった隼からすれば見慣れたものだ。
 総合して考えるに一般的な目で見れば白の態度はおかしいものではない。
 しかし、白が一般の括りに入る性質の人間であるかどうかを視野にいれれば、まるで話にならない。そのはずなのだ。
 では何故。
 ぎり、と無意識に隼は歯を軋ませるがそれをかき消すように千鳥が白と隼の間にスティンガーのグラスを置いた。僅かに波立ったペパーミントの香りがするカクテルはしかし、グラスの外へ零れることなく穏やかに水面を揺り戻していった。

「ハロー、お元気ぃ?」

 隼の首に腕を回した千鳥はこてん、と首を傾げた。
 酔っ払ったような口調をしているが、千鳥の顔色は変わらず目も潤んだ様子がない。完全な素面である。

「急に割り込むな、危ないだろ」

 どうでもよさそうに白が注意するも、千鳥はけたけた笑って「気付いてたくせにー」と歌うように言いながらグラスを持ち直して隼の隣にあるスツールへと腰掛ける。腰を下ろしてからかつ、と隼の靴軽く足をぶつけたのは意図的なものだろう。まるでグリーンミントへリキュールを差し替えればデビルへと名前を変えるスティンガーのような男が一七夜月千鳥である。一定の要素が混じることで普段装う姿から千鳥の性格は変化を見せる。

「そうちょー、なに企んでるか知らないけど、うちには馬鹿がいること忘れないでよー」
「誰のことだかさっぱり分からんな」
「後ろで拓馬たちが総長は両刀で百人切りとか話してんだけど」

 白は上流階級さながらの優雅な仕草で口付けたグラッドアイを噴き出した。
 百人切りなど白の放つ威圧感と強面の前では性犯罪者にならなければ不可能である。
「嫌味か、嫌味なのか」とぶつぶつ呟きながら虚空へと白が視線を飛ばしているうちに、隼はせっせと白が汚したカウンターを沖島から投げつけられた布巾で拭いていく。

「甲斐甲斐しいのね、隼チャン」

 隼は横目で千鳥を睨む。
 白との会話中、時折千鳥はいまのように絡んでくるときがある。
 まさか、幼馴染の注意がよそへ向くことに嫉妬を覚えるような人間では間違ってもない千鳥のその言動の理由を、隼は全く分からない。
 分かりたくないと思っている部分も大きい。
 それこそ何故か。
 疑問に思った瞬間、また千鳥が口を開く。

「総長が愛想いいのは飲んでるもんがものを言ってるデショ」

 そっけない、突き放すようにごく小さい声で呟くと、実際に興味が失せたとばかりに千鳥は隼から視線を外してスティンガーを飲み干した。

「今日はお前の奢りね」
「は?」

 千鳥は空いたグラスを指先でぴん、と弾くと隼に視線を向けないままスツールを立ち上がる。

「じゃあ、そうちょー。俺さっきも言ったけどこのあとデートだから」
「イケメン、くたばれッ!!」
「やだ、こわーい」

 湊に話しかけられていた白に「今日予定あるから隼が酔ったら回収よろしくー」などと抜かしていた千鳥を思い出し、忘我に到っていたとは思えない反射速度で怒鳴り上げた。それにきゃあきゃあわざとらしい悲鳴を上げながら千鳥はHortensiaの出口へ向かう。

「くそ、イケメンめ……見せ付けてんじゃねえよ。どうせあれだろ、女といちゃこら『月が見てる』『見せ付けてやれよ』とか言い合ってんだろ」
「総長、そんな台詞言ったらいまの女は一気に冷めます」

 少しばかり呆然としながら千鳥の背中を見送った隼は白の発言に突っ込まずにはいられず振り返り、未だグラスに残る緑色のカクテルへと目が留まった。
 グラッドアイ。
「色目を使う」という名のカクテルを、白はまるで飲み干すのが惜しいとばかりにゆったりと味わっている。

「……ああ、なるほど」

 ただ路線が違うだけなのだ。
 白がやることは変わらない。
 白自身は決して変わらない。
 隼は自分でも不思議になるほど笑いがこみ上げてきて、それを押さえ込むためにグラスへ手を伸ばし、そういえば先ほど飲み干したのだと気付いて沖島へと声をかける。

「同じの頼む」
「何杯呑む気だ、悪がきめ」

 隼が飲み干したカクテルの名は麻薬の密輸組織に由来するが、その「皮肉」に気付いたものはまだ誰もいない。

 そしてこの夜、千鳥が何者かに襲われた。

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