小説
41ラウンド



 どうして、なんで。
 そんな意味を含めた視線が白の背中に突き刺さるが、くだんの少年は淡い期待を込めて近づいてくる白を見上げる。
 が、白は「はい、行かないならちょっとどいてくださいねー」と平坦な声でドアの前に立つ少年をどけてそのままドアをくぐっていった。

「……そうちょーが見かねて、なんてあるわけないか」

 千鳥の呟きにbelovedメンバーは「そりゃそうだ」という空気になり、もとの雑談へと戻っていく。
 取り残された少年は居た堪れなかったのかドアを入ってきたときよりも荒い動作で開けて、駆けるようにHortensiaから出て行く。あの勢いならば白に追いつくかもしれないが、面倒ごとを厭う白は気配の一つや二つ消していることだろう。

「よかったね」

 未だドアを凝視する隼はゆっくりと視線をカウンターテーブルに戻す。

「よかったね」

 繰り返される淡々とした千鳥の言葉に、隼は口元を歪めながら「そうだな」と返す。
 あとは賑やかな店内でカウンター席にかけるふたりだけが奇妙な静けさを保ったまま、時間が過ぎていった。



 どうして、なんで。
 繰り返しては出口のない屈辱感をぐるぐると頭と胸に渦巻かせながら、少年はHortensiaから離れたバーの裏口へと入っていく。階段を下りて地下に向かえばそこにははじけた恰好をしているが、どこか育ちのよい印象が伺える若者が複数人いた。特徴的なのはピアスではなくカフスイヤリングをつけている者が多いところだろうか。

「よう、湊。どうだった?」
「っうるさい」
「だから言ったでしょう、湊じゃbelovedが相手するわけがない」

 笑みを含みながら少年、湊に声をかけたのは若者達の中心にいる早良、呆れたように肩を竦めたのが波瀬である。
 彼らはユラヴィカという族潰しの集まりである。集まれば彼らもまた不良の族と変わらないという見るものは多いが、族潰しなる行動以外彼らの行動は品行方正といって差し支えない。どこぞのイケメン嫌いと違って未成年飲酒も正月にお屠蘇を舐める程度である。
 族潰しという危険な行動さえとらなければ満点で優等生の称号が与えられるだろうユラヴィカがなぜユラヴィカ足りえるか、いまユラヴィカで話題に上がっているbelovedの総長が聞けば片耳に指突っ込んで「心底どうでもいいことでよくこんな面倒なことやろうと思えるな」と感心すらせず切り捨てる理由が大半である。実際壁際で湊たちの会話を聞き、これからの会話の流れも察している白は耳に小指突っ込んで欠伸を堪えながら投げやりに目を細めている。

「真辺がやたらとガードしてんだから仕方ないじゃんっ。あいつさえいなけりゃ総長に取り入るくらいわけないよ」
「なんだ、お前真辺に疑われてるのか? 元総長だぞ、あいつは」
「疑われてるっていうのとは違う。あいつホモなんじゃないの? ぼくがあの白髪に近づくのとことん嫌がってるって感じ」
「はっ、belovedの総長と副総長がホモカップルとか笑えるな!」

 早良の嘲笑しつつも苛立たしげな様子で椅子を軽く蹴りつける。

「行儀が悪いですよ」
「うるせえよ」
「あまり素行が悪いと害虫どもと同類に見えると言ってるんです」

 波瀬をきつく睨んだが早良は大人しく足を組んだ。

「おい、湊」
「なに」
「次からはもっと上手くやれよ」
「言われなくても当然に決まってるでしょ。ホモだっていうなら逆にやりやすいよ」

 自信のあるような物言いをしつつ、湊も苛立ちを現すよう爪を噛んでいる。
 早良や湊だけではない、この室内に約一名を覗いた全員がどこかしら苛立ちを燻らせているのが、動作のそこここに現れる神経質さに覗えた。注意をした波瀬でさえ組んだ腕の上でたんたんと指を叩いているのだから、精神のつりあいが平均的にとれている人間ならばこの部屋はさぞかし居心地が悪いことだろう。

「ああ、なんなら全力で惚れさせてみろよ」
「いいね、それ。あの白髪が僕に惚れたら真辺が振られるわけだしダメージ大だね」
「そんなにとんとん拍子に進むわけないでしょう。少しは頭を使ってください」
「分かってるってば。長期戦覚悟でやるよ」

 つん、と湊は唇を尖らせて早良の隣に腰掛ける。がたん、と椅子が鳴ったのと同時、ふと波瀬は出入り口へ視線をやる。

「どうした?」

 急に首を振り返らせた波瀬に早良が問えば「い、え……」と歯切れの悪い返事をしながら波瀬が怪訝な顔を見せる。

「いま、ドアが開きませんでしたか?」
「あ? 気のせいだろ」
「じゃなきゃ風じゃない?」

 誰かが出入りしたなら気付かないわけがない、と誰もが頷くので波瀬も「そうですね」と頷き、一瞬だけ感じた気配のことは忘れることにした。

「じゃあ、皆でお掃除計画練ろっかー」
「掃除とは言いえて妙ですね」
「あいつらはいるだけで邪魔だからな。特にbelovedは……」
「……絶対潰す」
「ええ、絶対にです」

 長く話し込む彼らは誰もがまるで禁句と言わんばかりに音にしなかった。
 なんであいつらが自分達より、とは決して口にしなかった。
 引き攣るように顔を歪ませて、少年たちは身勝手を具体的な形にしていく。



 湊の背後について侵入したとき同様、気配を殺して地下から上がってきた白は「お日様が眩し過ぎて灰になりそう」とこそこそ日陰を歩く。
 Hortensiaで湊が話しかけてきた段階から白は湊を「黒」と判断している。
 湊自身のことは知らなくとも表情に声音に雰囲気、仕草。どれをとっても白には見覚えがあった。

「不良もそうだが、それ以外にも地元とやること変わらねえってどういうことだ」

 虎の威を借ろうとする狐や身中に潜り込まんとする虫の類を潰すのは、哀しいことに何度か経験済みの白である。正直、飽きていた。だからこそ、計画という重要な話を始めるところで出てきたのだが、さて湊たちはなにをするのだろうか。

「俺へのお誘いは喜んで受けようじゃねえか」

 いくらでも踊り狂ってやる。
 うっそり呟く白の顔は凶悪な笑みを浮かべていて、その雰囲気に危機でも察したか目線近くの塀の上でまどろんでいた猫と植木の枝にとまっていた烏が一斉にいなくなる。

「……森のお友達にはお腹減らなきゃなにもしないよ」

 すっ飛んでいった猫と烏を見送って白はちょびっとだけ傷ついたが、日陰を一層寒々しく感じさせるほど照りさしていた太陽が暗い雲に遮られ始めたのを見て隼の話を思い出し、先ほどの非ではない形相でマンションに向かって全力疾走を始める。
 干しっぱなしの洗濯物の運命や如何に。

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