小説
37ラウンド



 閉店間際のHortensiaから「やだやだまだ飲むのー」と地獄の底から響くような低音で駄々を捏ねる白を「でも今日はおしまいにしましょうねー」とあしらいながら隼は白とともに小夜風のなかを歩く。
 三年生に上がったばかりの季節、まだまだ桜は随所で咲いているがやはり夜は寒い。酒を飲んだあとならば尚更だ。

「総長寒くありませんか」
「特には。寒いならコートやるぞ」
「総長が風邪ひきますよ」

 白はなぜかおかしそうに肩を揺らす。それを不思議そうに隼が見遣るのだが白はなにか声に出すことをせず、隼の頭を軽く撫でたあと髪をひと房梳っていった。

「いい色に染めてるよな」
「……そうですか」
「深緋」
「こきひ?」
「深い緋色って書く」
「へえ」

 自分の長い襟足をつまんでしげしげと見遣る隼は、突飛な色に染めたにしてはこだわりなどないようだ。

「てきとうに色変えられるならなんだってよかったんですけど、belovedの上になる辺りでこれにしたらイメージカラーみたいになっちゃったんですよ」
「似合ってるからいいんじゃねえの。若いうちから脱色やりまくれば将来危ぶまれるがな」
「そうなったら潔く剃りますよ」
「そこまで地毛が嫌いか」

 隼はなにか言おうとして、首筋を掠めた風にくしゃみをした。

「おとなしくコート借りてろよ」
「大丈夫です。俺には総長があったかいお茶淹れてくれますから」
「なし崩しに泊まり込む姿が目に浮かぶようだ」

 朝食のなかには昼夜に食べると物足りなくなるようなものもあるので、料理を教えられるのに隼が前夜から白の家に泊まっているというのは珍しいことではない。もちろんこのそれらしい理由は隼が白を丸め込むためにかっ飛ばした口車の一部である。白は「もう好きになさいよ……」と諦めている。隼にではない。なんやかんや頷く自分にだ。
 ため息を吐きながら脱いだコートを隼に向かって放り投げ、白は散々ちゃんぽんした後とは思えぬ足取りで自宅へと向かう。慌てて受け取ったコートに戸惑いながらも続いたくしゃみに隼は大人しくコートに袖を通した。

「総長、あの……」

 隼が声をかけるのと白が足を止めるの、どちらが先だっただろうか。
 白の視線の先、じっと街灯に照らされる道路に数人の若者が立っていた。
 ふたりの視線に気付いたか、そのうちの一人がひょっこりと前へ顔を出す。一段と小柄な少年は街灯の下で愛想のいい笑顔でふたりへ向かって手を振ってきた。

「belovedの総長さんと副総長さんですよね! こんばんは!」

 なつこい挨拶をひとつ、数人を残してかけよってきた少年は大分身長差があるためにぐっと首を逸らして白を見上げた。

「……おばんどすー」

 やる気なさそうに挨拶を返す白に対し、隼は脇に控えただけで一言も発しない。
 交流拒否の空気漂うふたりにしかし、少年はめげる様子なくにこにことひまわりのような笑顔だ。

「ぼくbelovedに憧れてるんです。だからこんなところでばったりお会いできるなんて感激です!」

 まるで珍しい置物を観賞するかのように下からじろじろ横に回ってじろじろ眺め回される。

「わあ、噂には聞いてましたけど、総長の髪ってほんとうに白いんですね! ハーフなんですか? それとも染めたんですか? あ……ひょっとしてアルビノですか?」

 興奮して捲くし立てていた人物とは思えないほど、最後の声はしおらしい。
 おずおずと見上げてくる大きめの視線を一瞬見下ろし、白は無言で足を進めた。
 少年が声を上げるが白に続く隼が無言で睥睨することで口を閉ざし、少年が元いた場所で立ち尽くす青年たちはふたりのために道を左右に割った。
 いくつもの視線が背中に突き刺さるが、暫く歩けばそれもなくなる。

「総長って律儀ですよね」
「なにが」
「一応は挨拶返すじゃありませんか。俺のときも拓馬のときも無言でやり返せたけどしなかった」
「同じ言語を使える人種、種族であるならまず平和的手段を用いるのが人間足らしめる理性の表れじゃないかね」
「はは、言葉って平和的手段に限りませんよ」
「よくご存知で」

 小首を傾げた白は前から吹き付けた小夜風に、白い髪を軽く後ろへ梳いた。

「伸びたな。そういや越して少ししてから切ったきりだ」
「あれ? 総長って実は癖毛ですか?」

 伸びた髪が首に沿うよう僅かに巻いているのを見て、隼は思わずその髪を軽くつまんだ。

「一定以上伸びると巻き癖が出てくるんだよ。ちびの頃はふわふわ系の癖毛だったが、しばらくしたら基本ストレートの癖つきやすい髪に変わった」
「へえ、いまが結構すっきりしてるのであんまり想像できないですね。美容院でしたら紹介しましょうか?」

 白は首を振る。
 一回しか行ったことはないが、自分に臆すことなくカット、スタイリングをしてくれる店にはあてがある。しかも女性だ。だというのに今更鏡越しに目を合わせようものなら髪ごと首をざっくりやられかねない危険を冒すことはしたくない。

「あー、髪切ったら花見にでも行くかね」
「団子でも作りますか?」
「当然だろ。重箱用意してやるわ。あ、ぼたもちも食べたい」
「連中にも声かけときますよ」
「いいねえ、賑やか結構。近隣住民の怒号が今から聞こえる」
「お行儀よくすればいいんでしょう?」
「bien」

 隼の数歩先を歩き、白は振り返りながら軽く微笑んだ。

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