小説
三十三



 祭を満喫してしばらく、打ち上げられる花火に備えて公園から土手へと移動する四人の最終装備はシュシュ、ビニール製のタコ型だっこ人形、キャラクターもののお面、吹き戻しと薄荷パイプという祭を隅から隅まで楽しみましたという仕様である。ちなみに焼きそばやお好み焼きなどもしっかり食べたが、祭り会場に設備されたゴミ捨て場にパックなどは捨ててきた。

「あー、土手風吹いててすーずしー」
「もうすぐ人増えるから暑くなるけどな」
「ってか、すでに場所取りしてるひと多いねえ」
「早めに抜けたつもりなのにね」

 土手上はともかく、斜面のほうにはビニールシートが何枚も敷かれていて、これから押し寄せるだろうひとの数を想像すると四人の顔に苦笑いが浮かぶ。

「ねーねー、玄ちゃん。なんでこれ吹くとうっせーの?」
「吹くとこが笛になってるからだろ。あと、さり気なくぶつけるのやめろ」

 吹き戻しの先端をぶつける彼方の頭を玄一が叩けば、駿が「夜に笛吹くと蛇が出るよ」と呟き、場所が場所なので飛び上がった彼方に抱きつかれて玄一は危うく斜面を転がり落ちそうになった。

「クソカナふざけんなっ」
「ふざけていませんよ蛇とか怖いじゃないですかっ」
「彼方なら知ってそうなのに意外だねえ」
「俺は泥棒が出るって教わったの!」

 首を傾げる宗司にくわっと彼方が強張った顔を向ける。

「いいから離れろ……」
「河川敷のほうならともかく、こっちには蛇いないと思うよー」
「バッタはいるけどね」

 いいながら肩にとまったバッタを追い払う駿に彼方は唸る。虫も好きではないらしい。

「奴らいつの間にかいるし突然飛び出してくるしっ」
「後者にいたっちゃお前と何一つ変わらねえな」
「あああ、玄ちゃんそれ禁止!」

 呆れながら三連の吹き戻しを吹いた玄一から、彼方が慌てて取り上げる。周囲をばっと見渡す目は本気で、宗司と駿が吹きだした。
 げらげら笑う声に彼方が文句を言おうとした瞬間、すれ違おうとした女性とぶつかった。

「きゃっ」
「大丈夫か」

 慣れない浴衣のせいだろう、よろけた女性を玄一が支えれば化粧の香料が軽く匂った。

「ごめんなさい」
「いや……おい、カナ。お前も謝れ」
「ういー、すみませんでした」

 ぺこん、と頭を下げる彼方に女性は首を振り、玄一にも謝りながらそっと離れる。白地の浴衣を着ているせいか女性の姿は薄ぼんやりと光るものがあった。

「なんか影のある美人さんだねえ」

 会釈し合って歩いていった女性を振り返り、小さな声で宗司が呟く。
 玄一は「そうか?」とさして覚えていない顔を思い浮かべるが、やはり暗いなかでは化粧の香りくらいしか思い出せなかった。

「……流し灯篭!」
「あ?」

 突然ぱん、と手を叩いた彼方に玄一は胡乱な声を上げる。

「金糸で灯篭部分だけ刺して柄を描き絵で!」

 続いた勢いに「また思いついたのか」と納得して、玄一は頷く。

「描き絵ブームか」
「あー、確かに染めとか織よりは幽玄さが出るかも」
「さっきの曼珠沙華といい、お盆だから?」

 唐突な彼方に動じることなく言葉を返す宗司たちの声を聞きながら、玄一は彼方が思い浮かべているだろう完成図を想像する。
 夏の夜ならば青地ではない。いや、烏羽色に赤味を足した色ならば具合がいいだろうか。それに金糸で描かれる流し灯篭。柄そのものは合えて墨絵でも面白いかもしれない。肉入れされた金糸がくっきりと浮かぶのに、柄そのものは朧気な輪郭しかもたない柄の深い色合いをした着物。

「……帯はだらりがいい」

 型破りの発想をするのは彼方だけではない。

「いいね、それ! 流水柄の夏帯でやったら面白そう!!」

 しかし、彼方の発想はその斜め上をいく。

「帯の向こうで金糸がちらちらきらきらかあ……」
「着るひとはかなり限られるけどね。お盆時期の集まりとか、来客の相手する娘さんが〜ってくらいかな」

 普段に着られる着物でも、結べる形の帯でもない。
 静かに目を輝かせながらも現実的な駿の物言いにそれぞれが思うのは「つまらない時代だ」というこれに尽きる。
 需要が減ったのも淋しいが、そのせいで型に囚われ過ぎるというのもまたいただけない。
 着物というのは決して特別な装いではないのだ。
 さらに言えば、贅沢品でもない。
 下品な話、着物は洋服よりもよほど着まわしが利き、長く着ることができる。最終的にはよほど出費が抑えられるというものだ。
 平面裁断ゆえ、最終的には座布団にでもして始末がつけられるというのも良いところである。また、祖母や母親が着ていたものをパーティードレスに仕立て直すというのも最近は増えている。
 それを「ならいも知らぬものが常識はずれを」とああだこうだいちゃもんつけて、洋服と変わらず「衣服」でしかない着物を窮屈なものにしてしまうのは淋しい、つまらないことではなかろうか。
 手入れが難しいと足踏みするならば、洗濯できる着物から着てみたっていい。あれは着物というものに慣れてしまうと逆に化繊の滑りやすさが厄介に感じるほどだがなるほど、ぶん投げておける気楽さは良いものだ。滑りやすいといったって、それが分かるならば羽二重、綸子のほうが厄介だと学んだ頃だろう。
 帯が結べぬというならば、二分式というものだってある。敢えて紐を太い組紐にして、とんぼ玉でもつければなんと洒落たことだろう。包み釦を大きくして、下げ飾りのついたブローチで留めればそれはそれでモダンだ。帯がなくたっていくらでも遊びようがある。
 遊び心。
 これが重要だ。
 昔から半襟だ裏地だ草履の鼻緒だ、気がつけば驚くようなそういうところに気を使った文化であるのに「ひとと変わった」ことをしてなにが悪い。
「おっとそいつは意外だ」「あらまあお洒落」全てはすべて、ひとより感性が抜け出ているということだろう。それを誰かが話して聞かせた右倣えでは、面白みなんてありゃしない!
 誰かが落としたため息を皮切りに、ぶつくさ話しだした四人の意見は止まらないかに思われたが独特の甲高い笛にも似た音に遮られれば、示したように空を見上げて黙り込む。
 ひゅるる、と音をたてて上っていく小さな光。
 高くたかく上がって、ふっと消えたかと思えば一瞬後に咲いたのは大輪の華。
 いつの間にやら多く集まった人々が一斉に「わあ!」と声を上げる。
 誰かが叫ぶ一拍遅れた「玉屋」の声に、はっとした四人は笑いあった。

「きれー!」
「菊はいいな」
「千輪みたいな賑やかなのもいいけど、やっぱ基本だよねえ」
「あ、ハート型」

 菊の引いた尾が消えた頃、打ち上げられた花火はハート型とかわいらしい形をしている。

「……こういうのでいいよね」
「あん?」

 小さく囁く彼方の声に、玄一は少し下にある旋毛を見下ろす。宗司と駿は次々打ち上げられる花火に夢中で気付いていない。

「当たり前にさ、新しいのや変わったのが混じってんの。でも、みんな楽しそうじゃん。こういうのでいい、こういうのがいいよ」

 楽しいは楽しい。
 きれいはきれい。
 それでいい、と微笑んだ彼方の顔が華やかな花火の光に照らされる。
 玄一はそのはっとしてしまうほど大人びた表情に息を呑み、それから自分も不器用な微笑を浮かべながらこつん、と彼方の頭に自分の頭をぶつけた。
 ふたり上げた笑い声は周囲の歓声、打ちあがる花々の音にかき消されたが確かめずともふたりは重なる胸の内を理解し合っていた。

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