小説
教授の新たな愉しみ(前)
・ノーマルとアブノーマルのひと達
・一部元先輩と風紀委員長




 ある全寮制男子学園には「教授」というあだ名を持つ生徒がいる。
 教師からすれば複雑な心境になるであろうあだ名の教授は、得意分野は理系、好き(こそものの上手なれ)なのは文系という、云わばオールマイティであり、学園ご自慢の天才である。
 専門知識から雑学まで、何気なく投げかけられた質問に対するレスポンスは豊富で、ちょっとした会話からも彼の博識具合が伺える。
 ある老獪な「大学教授」は、特別講師として招かれた学園で彼と議論を交わし、そのまま意気投合。帰り際には「君はほんとうに頭がいい。楽しめる会話を意図してできるのは、簡単なことではないよ」と絶賛しながら、年上の特権で彼の頭をひとつ撫でた。
 そんな教授には、恋人がいる。
 女っ気のない学園だからか、同性愛が跋扈する風潮に漏れず、彼の恋人も男である。
 図書委員会の力仕事担当である恋人は、高い身長とがっちりした体つきで、どこか眠たげな柔和な顔が特徴だ。愛想のいい猫のような癒し系と評判である。
 ふたりが交際を始めたのは、教授が図書室で学園卒業生の経済論文に目を通していたときだった。
 その場に居合わせた生徒は云う。

「公共の場でなにかを大っぴらにすることを忌避される理由が、とても、よく分かりました」



「教授、少しいいですか?」

 図書室で図書委員の猫田が話しかけたものだから、教授は本を置いて頷く。

「ああ、なにかあったかな?」
「教授は武道や護身術、もしくは喧嘩の経験などありませんか?」

 丁寧な物言いでおかしなことを訊く、と思いつつ、教授は少し考えてYesと返した。

「体作りの一環として短い間だが、合気道をやっていた」
「合気道ですか……」

 難しい顔をする猫田に首を傾げながら「それがなにか?」と話を促せば、ぽっと顔を赤くした猫田がもじもじと大きな体をちじ込める。

「ストレス発散用のサンドバックって、欲しくありませんか?」

 教授はふむ、と考え、顎を撫でる。

「つまり、君は被虐趣味があって、私にその趣味に付き合って欲しい、という話かな?」

 さり気なく聞き耳を立てていた図書室の人間がフリーズした。

「さすが、教授! よく分かりましたね」
「まあ、君の態度は分かりやすい方ではないかな」

 いっそ朗らかさすら感じられる、通常運転で進行する会話。
 周囲が「え、ちょ、ねーよ」と待ったをかけていることなど意に介さず、ふたりは話を進めていく。

「私はどうも、君のような嗜好の持ち主に関わることが多くてね。君のように控えめな表現でアピールしてくれるならいいんだが、いつぞやは街中で『ご主人様になってください』と土下座されてしまって……いや、あれは困ったな」

 そりゃ困るだろう。
 だが、教授のいうことは分かる。
 教授は鋭い面差しに、本人の意図せず冷たい眼差しを持ち、長身の割りに細身の体に、実験室へ入り浸るためトレードマークと化した白衣を普段から纏う。
 白衣をなびかせながらピン、と張り詰めた姿勢で歩く姿ときたら、進路の邪魔をしようものなら虫けらを見る目で見られるんじゃないかと、いらん想像を掻き立てられるのだ。
 これがその道の人間なら、想像は一歩も十歩も先のものになるだろう。
 そして、癒し系と評判だった猫田は、その道の人間だったわけだ。

「生憎と私は君たちが期待するような嗜好の持ち主ではなくてね。ひとの心身を甚振ることは、忌避しているんだ。そりゃ、私も人間だ。攻撃や反撃、迎撃や先手必勝の一手は打つだろう。けれど、それは敵と看做した相手、そうする理由がある相手に限る。
 君たちのそれは、コミュニケーションであったり、信頼、喜び等を伴うものだろう? 申し訳ないが、私は付き合えないな」

 同性愛が蔓延る学園であるから、更に特殊な道へ進みかけて必死に否定する人間の様子を見たことのある生徒は多いが、図書室に居合わせてしまった彼らは、ここまで丁寧な「自分はノーマルです」という主張を始めて聞いた。

 猫田は目に見えてしょんぼりして、見ている方がどうにかして上げたくなる。しかし、どうにかするイコール嗜虐であるらしいので、一般感性を持つ人間にはどうしようもない。
 教授も困った顔をして何か言いかけるが、やはりやめる、というのを繰り返し、ようやく口を開いたと思えば爆弾を投下した。


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あきゅろす。
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