小説
28ラウンド



 飯を食ったら出て行け、と叩き出すつもりだった白だが、料理に目覚めたのかあれこれ訊ねてくる隼と、いつの間にか晩御飯を一緒に作る約束をしていた。つまりは、なし崩しに今日一日一緒に過ごすことになったのだ。
 しっかりと栄養を摂ったおかげか、隼の顔色は幾分よくなったが、それでもまだしんどいようで、洗い物を手伝ったあとはローテーブルに突っ伏している。

「隼ちゃん、隼ちゃんのお洋服お洗濯しちゃいますからね」

 二日酔いになるほど酒を呑んだ人間が着ていた服は、そのまま着るには気持ち悪い。白が気にすることではないのだが、現在隼が着ているのは白の服なので、態々洗って返してのやりとりをするのも面倒だったのだ。ちなみに、白が貸したのはXネックのモヘアニットとジーパンである。ジーパンの裾が長いことに内心にやり、と笑った白だが、自分が着ると少々ゆとりのあるニットがなんともぴったりスマートに着こなされていることに、肩をぺちぺちと叩かずにはいられない。ジーパンがベルト要らずなところも、後ろから尻を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。

「え、あっ、いや、いいですよっ」
「別に。俺の洗濯のついでですから。それとも服は全部クリーニング派ですか。下着も出しちゃう派ですか。ああ『総長と一緒洗わないでっ』とかそういう……」
「いやいやいや、どういう発想ですかっ」
「こういう発想だよ」

 投げやりに言って、白は洗濯機のスイッチを入れる。洗濯機も多機能なものが増えたが、白としては自分が生まれる前くらいのシンプルな二層式のほうが、きれいに洗い落ちるような気がする。面倒くさがりな性分としては、全自動に魅力を感じないわけではないのだが。
 白が洗濯物をぺいっと洗濯機に放り込んで戻ると、隼が申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、なにからなにまで」
「うん、三倍返し期待してるよ」
「もちろんです!」
「あ、やっぱ今のなし」

 意気込む隼に、白は即行で前言を撤回する。

「さて、洗濯してる間に買い物行ってくるが、お前なんかいる?」
「あ、なら俺も……」
「お前具合悪いだろうが。いい子で待ってたらおやつ作ってあげるから大人しくしてなさい。ああ、本だのてきとうに読んでいいから。テレビでも冷蔵庫ん中の飲み物……牛乳と水しかないが、好きにしろ。ただし、ベッドの下を漁るのは許さん」
「……総長、一人暮らしですが、ベタなものでも入ってるんですか?」
「うん、見つかったら一発で人生終わりそうなセットが少々」

 隼は非常に難しい顔になった。
 白は上着を着て、クリアのサングラスから、スモークの一眼タイプへと付け替える。とりあゑず置き場には、あといくつものサングラスがあり、ここだけ見るとマニアのようだ。

「目、眩しいですか?」

 隼が躊躇いがちに問う。
 転入した日の翌日、微妙な空気のなかで改めてされた自己紹介で、白はサングラスの用途と髪の色が地毛であることを明かしている。
 浅実が進学校の名前から想像する通り、不良よりも優等生が多かったのならそれで済んだのだが、隼や千鳥、そして拓馬や日和と何故かbelovedメンバーが集い、それにつられてか不良の割合が多いため、白は校内で遮光レンズを欠かせなくなった。明るいところでは目を瞑っていても眩しいのだ、分かりやすい弱点は散々狙われてきた。

「こう、ビカーッとか、ピシャーンッて感じに眩い」

 生まれ持ったものだが、これは慣れようがない。
 白は肩を竦めて玄関へ向かった。隼が後ろをついていく。

「で、本当になんかいらねえのか?」
「いえ、大丈夫です。気をつけて」
「はいよ。んじゃ、行ってきます」

 肩越しにひらり、と手を振って、白はドアをくぐる。
 出入りの挨拶をするのは、妙に久しぶりのような気がした。



 冷たい風に首筋を撫でられながら、白はスーパーへ向かっていた。

「パスタかパン希望」

 抹茶パスタ生クリーム添え金時風というものが脳裏を過ぎったが、白は素知らぬ顔で流す。
 寒いので鍋焼きうどんも魅力的だが、うっかりテンションが上がって打つところから始めてしまいかねない。麺打ちという発想から刀削麺にまで夢が広がるが、白だって自重という言葉くらい知っているのだ。では、どうするか。
 悩みながら歩いていると、自然と眉が寄って、やはり自然とひとが遠ざかった。
 しかし、明らかに人々に避けられて歩いている白に、後ろから声がかかる。

「総長ー!」

 街中でかけられるには甚だ問題しかない呼称に、白はゆらり、と振り返った。
 満面の笑みで手を振るのは、ゲーセン帰りなのかぬいぐるみと菓子の詰め合わせでぱんぱんな袋を提げた拓馬で、白が振り返るや否や、駆け寄ってくる。

「おはようございます!」
「もう昼だがっつーか、なんなの、街中でここに不良がいますって主張するってなんなの。お前は俺に恨みでも……」

 初対面で腹に痣が残るほどの一撃をお見舞いしたのは、いい思い出です。

「……たっくん、ゲーセンに行ってたのかい?」

 突然「たっくん」と呼ばれた拓馬はびく、と肩を跳ねさせ、一歩後ずさる。

「は、はい……アーケードの新作やりに……」
「そうかそうか」
「えっと、総長は?」
「外で総長と呼ぶなっつーの。お昼ご飯の買出しだが」
「すみません。え、自炊っすか?」
「自炊ですよ」

 すげえ、と何故かきらきらした目で見られても、白は面映さを覚えるほど謙虚ではない。

「なに作るんですか?」
「なにを作ろうか悩んでいる」
「スーパーの向かいにあるパン屋なら、この時間はセールやってるっすけど」
「マジか。よくやった拓馬。今日のMVPはお前だ」

 拓馬の手を取って「お会いできてうれしい」と真顔で言う白に、拓馬は照れくさそうな顔をする。

「いえ、総長のお役にたてたならなによりっす!」
「だから総長と……」

 白はすい、と首を僅かに振り返らせる。
 数十メートル向こう、こちらを指差して集まる若者が数人。

「……MVP取り消しな」
「えっ……あ、あー……お客さんっすね」

 ショックを受ける拓馬だが、白の視線を追って、苦笑いした。その間にも、若者の数は増えている。

「質問。belovedって割と喧嘩売られてんの?」
「引き摺り下ろしたいって奴はかなりいます。でも、できるわけないんで、一人か二人、人数少ないとき狙うって奴がそれなりに」

 潰しても潰しても湧くんですよ、と言ってのける拓馬に全て押し付けようか、と考えた白だが、自分の容姿からして意味のないことだ、とうんざりする。

「この辺で派手にやりたくねえなあ」
「じゃあ、引き付けますか? 案内しますよ」

 楽しそうに言う拓馬を一瞥して、白は首をごき、と鳴らす。

「――よろしく」

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!