小説
Consciousness(前)〈祭〉



 日が暮れ始めても汗が全身から噴出しそうなほど暑い真夏のこと、beloved幹部面子は揃ってある山の入り口に立っていた。

「うう、気味悪い……」
「総長たちも来てくださったんだから、びびんなよ。大丈夫だから」
「だ、だって……」

 日和が不安そうな声で言えば、拓馬は安心させるように頭を撫でてやるが、効果はあまりないようだ。
 縋るような視線を向けられたbelovedトップ3は顔を見合わせ、肩を竦める。

「正直だりい」
「総長が行くならついていく」
「そもそも話し持ってきたの日和じゃーん」

 日和は唸ってうつむく。


 お気づきかもしれないが、五人がこれから行おうとしているのは肝試しである。といっても、探し物がメインなのだが。
 日が暮れてから山に入るなど正気の沙汰ではないが、五人が行くのは舗装されて一本道になっているので、足元を滑らせるなどに気をつければ遭難などの心配はないだろう。
 しかし、肝試しというからには、なにかしらの曰くがある。
 五人の前に聳える山の程近くには、所謂ラブホテルや風俗の店がちらほらしているものの、少し視点を変えれば山から見える町並みはなかなかいい夜景となるらしい。だからこそ道も舗装されているのだが。
 肝試しの舞台というよりもデートスポットとして知られる山だが、だからこそ起き得た悲劇もある。
 有体に言えば、街で引っ掛けた女を男が山へ捨てていったのだ。
 どんな痴情の縺れがあったのか詳細は不明だが、いい場所があるからとでも誘ったのか、どうやら舗装された道を外して山へ入り込み、そこで女が置き去りにされるということがあった。運悪く足を踏み外したのか、女は発見が早かったにも関わらず、無残な姿で下山することとなった。
 以来、出るという。
 男への恨みか、女の霊がデートに訪れたカップルを――

「ものすっごい陳腐だよね」

 話を聞いた千鳥は退屈そうな様子で切り捨てたものだが、Hortensiaで談笑していた白たちへ話を持ってきた日和は必死だった。
 姉が恋人とのデートにいい場所はないかと訊いてきたので、そのときはまだ曰く付きとは知らなかったこの山を教えたらしい。
 そして、出たわけではないものの、噂話をきいた姉が日和を締め上げ、落としてきたらしい恋人にもらったイヤリングを回収して来いと命じたのだ。
 山の噂話を知ってしまった日和は、とてもではないが一人で山に入ることが出来なかった。しかし、姉の剣幕に逆らうことも難しく、自分が慕い、敬愛するbelovedの総長に話を持ってきたのだ。

「お願いしますお願いします、総長も手伝ってくれたって言えば姉ちゃんも溜飲下げてくれると思うんです」
「ぶっちゃけイヤリングとか見つからねえだろ」
「探したって姿勢見せるのが重要なんです!」

 涙目で頼み込む日和に白はため息を吐く。
 探し物、それも落ち葉などで簡単に紛れてしまうようなものならば、すぐにでも探したほうがいい。しかし、白には学業もあり、時間が空くのは夕方近く。休日は間が悪いことに出かける用があった。

「夕方に不良が揃って肝試しって死亡フラグじゃねえか」
「あれ、総長って幽霊なんて信じるひとー?」
「不良、幽霊を軽んじる、チャラ男、女癖が悪い……おめでとう、千鳥」
「ちょ、やめてよっ」

 ホラーフィクションだったならば高確率で死亡するだろう不吉な符号を並べる白に、千鳥は嫌そうな顔で体を仰け反らせる。
 乗り気ではないトップふたりに、最後の綱とばかりに日和は隼を拝んだ。

「総長次第だ。あきらめろ」
「総長お願いしますうううう!!」

 白が動かないのに隼が動くわけもなく、とうとう日和は泣いて白に縋りついた。哀れな友人の様子に拓馬も一緒になって頼み始め、下の人間とも交遊篤いふたりであるからして、白にだんだんとメンバーから「頼みますよ」という視線が集まりはじめる。
 軽く無視していた白だが、誰かがぼそりと「総長びびりなんじゃね?」と呟いたのを耳ざとく聞きとがめ、サングラスの奥の目を剣呑に光らせた。

「あ?」
「っ今言ったの誰だコルァッ! 総長がたかが幽霊でびびるわけねえだろうが!」
「おい」
「仮に出たとしてもその辺の木に幽霊を拳で縫いとめるくらいするわっ」
「ちょっ……」

 白自身がなにかを言うより早く、隼が椅子を蹴倒して怒鳴った。白は「これはいらん方向に展開する」と予感して、隼を止めようとするが、タイミングがいいのか悪いのか、日和が「じゃあ!」と声を張り上げる。

「俺といっしょに来てくれますよねっ? 総長いれば平気ですよねっ?」
「総長いて不安になることなんざ何一つとしてねえよ」

 隼からすれば白がいればばっち問題なしという意味だろうが、この状況での台詞は明らかに受諾にしか聞こえない。
 証拠に、白がなにも言っていないのに「総長すげえ」「さすが総長」という声が上がった。
 半ば歓声に近いコールを浴びせられながら、白はずり下がりそうになるサングラスを力強く押し上げる。

「……そうちょー」
「……なんだ」
「どんまい」
「隼もろとも後でツラかせや」

 こうして白は、意にそぐわぬ肝試しへ赴くこととなり、隼、千鳥、日和、拓馬とともに山の入り口前に立っている。

「なあ、マジで行くの」
「お願いします、今日の朝も姉ちゃん機嫌悪くて……」

 日和の姉と知り合いである白は、口をひん曲げる。
 白は女性に対してやさしい。それが知人ともなれば親切ですらある。もっとも、線引きを外すような相手であれば容赦のない肉体言語が適用されるのだが。

「……で、そのイヤリングとやらはどんなんだ……」
「カフス付きで、赤いビーズの花がチェーンで下がってるやつです」
「特徴的だな。おい、分かったか」
「了解です」
「りょうかーい」
「分かりました!」

 いいお返事だこと、と白はサングラスの蔓を撫で、入り口へと進んだ。

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