小説
14ラウンド



 ぐっすりと眠り、夢の中で悪の怪人ケイサッツーをぼこぼこにした白は、夢のなかの動きが寝相で再現されたのか、ぼこぼこにされた時計を寝起きの半眼で確認、おもむろに引っつかんだ携帯電話で待ち合わせ時間まで一時間という非常な現実に直面し、慌てて家を飛び出した。
 急いだせいで白いシャツにジーンズ、上から昨日と同じコートとラフな格好だが、シャツのボタンが二つほど開いていたり、簡単に後ろへ流された髪が気だるげな雰囲気をかもし出し、なにをせずとも極道系の白であるからして、昨日はさぞかしパーリナイな想像をかきたてる。現実はなんと非常なのだろうか。
 待ち合わせ場所は、白にとっては汗一つかかずに全力疾走できる距離だったし、無足の法を使えば無駄な動きをしない分、消費される体力は最低限で済む。上体を動かさず滑るように移動する姿は少々気持ち悪く「なにあのヤクザきもい」とギャルやギャル男が写メるのに対し、白は複数の携帯電話全てに撮影される瞬間ピースを向けた。

「俺を盗撮したかったら衛星でも持ってこい」

 もちろん比喩である。
 基本的に格好付け、ときに格好をつける部分がおかしい白は、携帯電話でなんとか待ち合わせ時刻の五分前につきそうだと確認すると、待ち合わせ場所の十五メートルほど前あたりで優雅に歩き始めた。今日の待ち合わせ場所は、駅の傍のショッピング通りの入り口付近なのでひとが多く、いかにも「え、急ぐとかやめてくださいよ。俺は余裕がある男なんです」と寝坊したことを感じさせないための演出でも、既に待っていた隼には見えなかったようだ。
 まんまと演出に引っかかった隼は、悠然と向かってくる白を見つけるや笑顔で手を振ってきた。

「兄貴ー!」
「街中で大声を出すな。お前は犬ですか」
「兄貴の犬にしてくれるなら犬になります」

 隼の輝くイケメン笑顔に惹かれて、携帯電話いじるふりで聞き耳たてていたギャルが早足で立ち去った。

「お前は往来でなにを言っているんだ」
「兄貴の傍に置いてもらいたいだけです。飼い主と犬ならセットですね」
「……いつまでもいると思うな親と飼い主」
「犬は一生ものですよ」
「…………ご飯食べに行こうかポチ」
「はい! すぐそこを曲がった先にある店なんすけど、いいっすか?」
「うん、いいよ。どこでもいいよ」

 自分の目から光を奪ったのではないかとばかりに曇りのない笑顔を浮かべる隼に、歩きながら白はサングラスを上げるふりをしてこみ上げるものを堪えた。

(なんで普通にお友達とか言わないのこの子。犬志願とか……犬志願とか!!)

 ――お前だって犬が幸せそうに寝てるのを見てその極道顔をゆるませているじゃないか。それだけ犬っていうのはいいものだって認識しているんだろう? 犬になりたがる人間がいてもおかしくはないよ。そのでかくて硬いものをちょん切られたくなければ、ひとの嗜好にとやかく言うのはおやめ。

「悪魔よ去れッ!」
「兄貴っ?」

 街中で大声を出すなと言った本人が突然、往来では憚りがある内容を語気荒く叫んだことで、そっと後ろを歩いていた隼はびくっと肩を跳ねさせた。周囲は一気にふたりから距離をとった。
 隼は駆け寄り白の顔を覗きこむが、一眼レンズのサングラスを前に白の表情は窺えない。ただ、白い肌が蒼白になっていた。

「ちょ、大丈夫ですか」
「…………街中で悪魔と闘い始める奴の頭が正常だと思ってるのか。ここはヴァチカンじゃねえんだ」
「ヴァチカン市民が聖水をホースで放射して、聖書の角で殴りかかってきそうなことを言えるくらいには冷静ですね。店もうすぐですけど、俺がひとっ走りして温かいのだけ先に注文してきましょうか?」
「ううん、気にしないで隼くん。あたしなら大丈夫。でも隣にいてちょうだい。なんだか怖いの……今なら一定上の距離で後ろに立った人間全員奴に思えてバックブローもしくは振り向きラリアットで歓迎しそう……」

 奴というのが誰を指すのか知らないが、白の思考回路の複雑さといきなりオネエ口調で喋り出す情緒不安定振りから気にするだけ無駄、もしくは白の想像のなかにだけ存在する妖精さんと隼は判断し、労わるような表情で白の隣に並んだ。

「お店着いたらホットミルク飲みますか? 落ち着きますから」
「砂糖いれるの面倒だから、いっそ練乳温めておいてくれ」
「……そういや、今日の格好いつもと違いますけど、午前中どこ行ってたんすか?」

 隼の無自覚な時間差攻撃に白は「太陽が眩しいな」といいながら、明後日へ視線を飛ばした。

「あ、ひょっとして昨晩から……すいません、無粋なこと訊いて」

 白の無言になにを勘違いしたのか、慌てて謝る隼に白の精神力はがりごりと抉られていく。

「兄貴って特定の彼女っているんすか?」
「……いや」
「あ、そうなんすか。じゃあ、好みのタイプ教えてもらえれば、俺見繕いますよ!」

 なんということだろう。
 特定の彼女はいないイコール複数の女持ちと隼は判断したようだ。
 まさか、白がまともに話せる女性自体殆どいないとは夢にも思っていないのだろう。

「……いや、そういうのいいから」
「そっすか?」
「うん……それに俺の好みは紹介とかされてもほいほいされない娘だから」
「具体的には?」

 なぜいきなりこんな拷問、尋問をされているのだろうか。白は見損ねた朝の星座占いで自身の星座最下位を確信した。九星占いでは暗剣殺といったところだろうか。今日行く店の方角が悪いのかもしれない。

「基本的に他人を空気以下にしか思ってなくて、かと思えば容赦ない人格否定上等の罵倒したり、顔面引っ叩くと見せかけて肉を抉らんばかりに引っ掻いてくるアグレッシブな女王様系美人」

 自身が敬愛する総長の大変イイ趣味を聞いて、隼は曖昧な笑みを浮かべた。反応に困ればとりあえず笑っておくのが日本人である。

 それっきり、ふたりは店につくまで無言だった。

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