小説
13ラウンド



 シェイクを啜り終わった白は「じゃあ、俺これから用があるから」といかにも朝だけ時間がありましたという風を装い、席を立った。
 隼も千鳥も疑う様子は欠片もなく見送り、いつも通り気配を探るが尾行されている様子もない。
 ごく自然に気配探知をする高校生の白だが、これもまた不良から逃走するために身につけた能力であり、進路相談で将来の夢は暗殺者です! と答えるためではない。こういった「これはxxですか?」「いいえooです」という補足を何度も繰り返しておいていまさらだが、白はもう人里で暮らさず山で暮らせば平穏だっただろう。白に勧めたところで「コンビニもビデオレンタルもない山で暮らせるか。毎日上げ膳据え膳のパシ……世話役を用意してもらおうか」というたわ言を吐くのが関の山だが。

「さて、上手いことひとりなんだが、ぶっちゃけ暇なのよね……公園で水風船テロして遊ぼうかな」

 こどもが真冬にやれば母親に「風邪ひくでしょ」と怒りの鉄拳を喰らうだろうが、白は現在地元を離れて一人暮らしの高校生。とめる人間などいないのだ。
 今時コンビニやスーパーに水風船が置いてあるかわからないので、白は駄菓子屋を探しに歩きだす。駄菓子屋には水風船のみならずスーパーボールや水鉄砲、UFO鉄砲、時々爆竹なども置いてあり、クソガキにとっては武器屋にも等しい。武器のみならず駄菓子という麻薬や、くじという博打もあるあたり、駄菓子屋はクソガキ闇市場である。

(なんかノリで好きでもないアイドルのブロマイド集めちゃうんだよな……だぶると殺意湧くし)

 適当に集まったら、ネットオークションで売りさばくのがいつものパターンだ。
 白はそもそもこの土地に存在しているかも分からない駄菓子屋を探して歩きながら、段々と見たことのない風景が広がっていることに気付いた。幸いにも方向感覚には優れているので迷子ということはないが、ついつい後ろを確認してしまうのはご愛嬌。

(あそこを曲がってきたから……)
「誰かあああああっ、ひったくりよおおおお!!」

 道の確認をしていた白は、甲高い女の声に無表情下で心臓を吐き出しそうになりながら前方へ顔を戻した。
 すると、前方の辻を曲がってきたフルフェイスメットのライダー操るバイクが、白の方へ向かって走ってきた。その片手にはひったくったばかりと思われる女性もののハンドバックがかかっている。

「わーお」

 ライダーは白を避けるべくハンドルを切ろうとしたが、それより早く踏み込んだ白は、迫るバイクと絶妙な距離をとりながら腕をのばし、なにを思ったか後ろへ振り向くように体を回転した。白の手にはしっかりとライダーの腕がつかまれている。
 バイクの走行方向と、白の回転する動きに流されるように、ライダーはバイクから引き摺り下ろされる。白はさらに衝撃を流すためにもう一回転しながらライダーを振り回し、ライダーを地面に引き倒した。
 これら、全て一瞬のできごとである。
 恐らく、ひったくるために減速していたところからで加速し切らず、さらにカーブを曲がってきたなどの理由も重なったが故に為しえたのだろうが、白は無傷、ライダーは擦過傷や軽い打撲に唸っているのみで、重傷は運転手を失い塀に激突したバイクのみという奇跡がここに起きた。

「っ誰か……えっ?」

 白がシステマ仕込みの拘束術で元ライダーを呻かせていると、息を切らしながら女性が走ってきた。彼女がひったくりの被害者だろう。
 女性は白の姿にびくっと震えたが、白がひったくり犯を拘束しているのを見ると目を大きく見開きながら、恐る恐る近づいてきた。

「やあ、フラウ。あなたの悲鳴が聞こえた瞬間、彼がこちらに向かって走ってきたので……この鞄は貴方のもので間違いないでしょうか?」

 フラウ、と言われて女性は一瞬意味が分からないと言いたげに眉を寄せたが、白がひったくり犯を拘束しながらなので片手だが、それでも恭しくハンドバッグを差し出せば、安心したように顔をほっとさせた。ちなみにフラウ、とはドイツ語での女性に対する呼びかけで「Ms.」のようなものだ。フロイラインは既に死語である。滅多にない女性との交流に対する白のテンションがうかがえる。
 くるくると巻いた髪を揺らしながら頷いた女性は白からハンドバッグを受け取り、視線を合わせるようにその傍にしゃがみこんだ。

「ありがとうございます! さっき、そこでいきなりひったくられて……」
「なるほど、それは災難でしたね……お怪我はありませんか?」
「大丈夫です、手だけは死守しましたから」
「手?」

 白が女性の手に視線を落とせば、死守した、という言葉から想像するようななめらかな肌はなく、どちらかといえば男の白から見てもかさかさと荒れていた。
 女性は恥ずかしそうに手をさすり「美容師なんです。まだ、見習いですけど」と言う。なるほど、商売道具ならば死守しなければなるまい、と白は頷く。

「そうですか、こんな状況でも一生懸命になれるなんてすごいな……。
 あ、ぼくは最近こっちに越してきたので、まだ美容院とか詳しくないんです……よろしければ良いお店教えていただけませんか?」
「ふふ、ありがとうございます。私が手伝ってる……実家なんですが、身内贔屓なしで腕いいですよ?」
「それは素敵だ。是非紹介してください」

 恩人ということや、ひったくり被害という非日常から脱したばかりというのもあるだろう。女性がこんなに好意的に接してきてくれる稀な機会に、白は内心ガッツポーズをとるが紳士的な振る舞いや表情は崩さない。ただ、ひったくり犯の関節を拘束する手に力が入ってしまったらしく、ひったくり犯は悲痛なうめき声を上げた。

「あ、警察っ」

 女性ははっとして手元に戻ってきたハンドバッグから携帯電話を取り出し、電話を始める。
 当然ながら女性との会話が終了した白は、舌打ちを堪えて千鳥に教えた内容をひったくり犯で復習した。

(死なない程度に点穴プッシュしてやろうか)

 突然じたばたしだしたひったくり犯に、女性が警察に事情を説明しながら視線を向けるが、白が電話を邪魔しないように小声で「逃げようとしても無駄だ」といえば、逃走しようともがいただけと判断された。隠れて暴力なんて最低である。
 白としてはひったくり犯を警察に引き渡したあとは女性と連絡先を交換したりなど夢を見たのだが、女性とのいい雰囲気はやってきた警察に加害者と間違われたり事情聴取などをされている間にうやむやになり、名前だけをかろうじて知っただけでお互い別々に帰宅することになってしまった。
 後日お礼に云々と言っていたが、その頃には冷静になって白にドン引きする可能性も零じゃない。白は「警察絶対に許さない」という私怨のもと嫌みったらしい苦情を長文に認め、後日ポストに投函した。

「小早川日名子さん、お友達になってくれねえかなあ」

 まともな男友達ひとりいなかったくせに、いきなり美容師見習いの女性と親しくなろうなどと片腹痛いことを夢想するが、現実では警察とのしつこい面談で一日を充実させ、明日は不良と仲良くお食事会である。夢ぐらい見ても罰は当たらないのかもしれない。

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あきゅろす。
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