小説
12ラウンド



 なんでか知らんが俺は河川敷で殴り合いという名の青春に挑もうとしていた。
 望んでいない。欠片も望んでいない。
 なんでこんなことになってんの本気で意味わかんない。確かに俺はMATTO! な青春を謳歌したいとは思った。それに憧れそれに裏切られ友の死を乗り越えまさか貴様が真の黒幕……!
 で、だ。そんなくそくだらねえことはどうでもいい。
 あの茶髪イケメンくそむかつ禿げろが「総長、ちょっとアドバイスしてよー」とか言ってくるから、親切ジェントルメンな俺は耳に小指突っ込みながら「拳ねー、俺掌底のが好きですからー」とか「ほら、重心移動のやり方によっては欠片も動いたように見えないのに片足だけ地面に足跡くっきりなんだぜ……」とかてきとうな返事をしていたんだが、途中から「じゃあ、実際にやりあってよー」と言われ「えー、やだめんどーい」「ご飯食べたー? まだなら奢るよー」「来いよ、2。採点してやる」と指先くいくいしたら現状だ。なんでこうなったんだ。
 あのイケメンああうん千鳥ね千鳥。千鳥はパーカーなのでいいかもしれんが、俺は白いカシミヤトレンチコートだ。カシミヤ様だ。ひれ伏せ貧民ざまあ。福袋のお福分けだが貰ったもの勝ちだ。
 なあ、常識的に考えろよ。早朝の河川敷なんてさあ、湿ってるじゃん。しかも夜に雪でも降ったのか、ところによりびっちょびちょじゃねえか。クリーニング街道まっしぐらでしかないんですけどなにこれ殺す気?
 俺が場所移動しようやと声をかけようと思ったところに、なにをトチ狂ったかトリフルエンザにでもかかったか千鳥は開幕足払いですよ。もろに喰らったら転倒間違いなしやったねコートどころか頭顔面全身泥パックのサービスだよ! おいふざけんな。

「おい馬鹿やめろ。俺のコートを葬式に出すつもりか」
「畳んでおける場所もないしねー、ご愁傷様?」
「てめえッこの外道! それがテメエの本当にやりたかったことかよッッ!!」

 許せなかった。こんな極悪を見逃せるほど俺は人間捨てていない。いや、むしろ俺は人間の塊、ひとの結晶だ。
 利己のためならば、いくらでも義憤ならぬ偽憤を抱けるどうしようもない人間らしさが、暴力反対ラブ&ピースを掲げる俺の全身を駆け巡り指先に宿る。
 まさに渾身の一撃。俺の指先は寸分の狂いもなく千鳥の脇腹を貫いた。

「……満足、したか?」
「…………知ってる……これ、貫手っていう……で、しょ……」

 崩れ落ちた千鳥の体を片腕で支え、俺はサングラスをぐっと押さえた。
 勝利の余韻なんてない。ただ悔しい。悔しくて、空しくて、やはり悔しかった――

「ばかやろう……っ」



「――っていうことがあったんだよ、だから俺は悪くないんだ。全ては白いコートと朝の河川敷という哀しい符号が一致してしまったが故の悲劇なんだ俺は悪くないだろ? な? な? NA?」

 白はファーストフード店のテーブル席で隼と向かい合っていた。千鳥は斜向かいではむはむとバーガーを齧っている。

「いや、ただ『どうして千鳥と?』って聞いただけなのに、なんで態々そんな壮大な嘘をぶち上げてまで弁解を……結局なにがあったんすか」
「軽く筋トレ付き合ってもらったり、ここやると痛いって場所教えてもらったりしたあとに『ご飯食べたー?』『まだー』ってやりとりしてここ来たら、隼に会ったんだよー」
「もう嘘九割ってレベルじゃないですよねっ?」

 冒頭の長ったらしいストーリーは、白の口から出た嘘八百。真実は千鳥がぺろりとなんでもないように吐いた言葉が全てだ。
 白は「ばか黙ってろ」と殺人鬼のような目を千鳥に向けるが、千鳥が黙っていたほうが問題である。

 白と千鳥がファーストフード店にいる理由は千鳥の言葉通りだが、隼がここにいるのは偶然朝限定メニューを食べに店を訪れたからだ。
 レジに並ぼうとした隼は、前方に特徴的過ぎる白を見つけて声をかけたのだが、白の返事ときたら「ちょ、おま、なんでここに……違うぞ、彼は仕事の付き合いでここにいるのも打ち合わせががが」と意味のわからない供述を始め、隼を甚く困惑させた。千鳥がさっさと会計を済ませ、トレイ片手にテーブルへ引っ張らなければホモの修羅場展開という誤解を周囲に与えたことだろう。隼の順番がきた際、レジのお姉さんが生温い目をしていたあたり、手遅れかもしれないが。
 白としては自身の暇人ぶりを隠し、格好つけて三日後云々などとメールしてしまったために「空いてないって言ってたやん。自分、ほんまは暇なんか?」という質問を全力回避したかっただけなのだが、完全に空回りしている。

「私の記憶にございません」
「どこの政治家っすか……」
「思い出そうとすると頭痛がするんだ、俺はあのとき空を巨大な円盤が……」
「ああもう、聞きません、なにも聞きませんから!」
「なんだよ聞かないのかよ。これから壮大な宇宙人vs八百屋の親父のストーリーが始まるのに。最後の最後にまさかの漬物登場でだな……」
「総長、シェイク買ってくるけどいるー?」
「ストロベリーとチョコクラッシュのどっちにしようかしら」
「……俺もどっちか買ってくるんで半分差し上げますよ」
「お前が聖人か」

 真顔で言われて隼はひく、と喉を鳴らせる。サングラス越しとはいえ、白の真顔など殺し屋が喉元にナイフ突きつけながら情報吐かせようとしているときの顔と大差ない。
 白はごそごそと傍らに畳んでいたコートのポッケから財布を出すと、千鳥に向かって放り投げた。

「よろしく」
「うーい」
「いや、兄貴が出さなくても……」
「気にしなくていいから、な」

 白は腕を伸ばして、隼の赤い髪をわしゃわしゃと撫でてやる。口元には微笑らしきものが浮かんでいて、隼は柄にもなく耳まで真っ赤になるのだが、白としてはシェイクであれこれ誤魔化せるなら安いものだという魂胆だった。些細なものでも奢られた、という意識があれば、白が何気なくあれこれ濁しても追求することはできまい。

「あ、あの……」
「うん? どうしたんだ、隼」
「い、いえっ」

 おっさん呼ばわりされるほど見た目が老けているもとい高校生には見えない白、それもいるだけで半径五メートル以内にひとを寄せ付けないような威圧感の塊だが、隼にとっては敬愛する総長である。風変わりな言動のなかでさえ柔らかさと無縁の表情がほころべば、店内でひとの目があるなかで頭を撫でられるという羞恥プレイを受けても、隼にはなにも言えなかった。白の思惑は違う角度で成功した。

「なにやってんの隼、お前そんな犬野郎だっけ?」
「総長の犬にならなってもいい」

 しかし、戻ってきた千鳥の言葉で、この結果は望んでなかったかなー、と白は潔い顔で即答した隼の頭から、さり気ない仕草でそっと手をどけた。

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あきゅろす。
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