小説
五十四話



「ずるいずるいずっる──い! 百鶴宮ずっる──い!!」

 カールは激怒していた。
 カールは憤怒していた。
 カールは自らの遺憾の意を表明する手段として時と場所と年齢を弁えぬ地団駄を踏んだ。
 ご丁寧に高ランク冒険者の実力窺える震脚による地団駄は、確実に地面を砕き、嫌でも保護者としてじろじろ視線を向けられるジェイドは「やめろ馬鹿!!」と叫びながらカールの首根っこを片手で掴み上げ、腹に一発重たい拳を入れた。

「おえ──……」

 ぽい、と地面に放り捨てられたカールは、道端にとしゃとしゃと胃液を吐き出す。つい先程散々飲み食いしたのに胃液しか出ないのは、ドラゴンの再生力を一時的に取り込んだ影響によるものだが、カールはその違和感に気づかないで「ジェイドさん酷ぇ」とジェイドを詰る。
 カールがこどものような駄々をこねている理由は、五十鈴が被衣を留めている髪飾りが変わっていることに気づいてからであった。
 世間話の一環として「どうしたんすか」と訊ねたカールに、五十鈴は薄い胸を張って「御前に頂いたのだ」と自慢したのだ。
 一言で済ませればそれだけだが、その一言に至るまでにジェイドがどれだけ五十鈴を思いやってくれたか、五十鈴に似合うものを考え込んでくれたか、夢と幻想と現実をスパイスにしたものをカールにぶち撒け、しかもただの飾りではなく魔法も付与されたものだとそこは詳細述べぬまま兎にも角にも自慢しまくった。
 煽られることに耐性の低いカールである。
 結果は「ずるいずるい」という言葉に始終した。
 ジェイドがどれだけ「婚約祝いと結婚祝いだから」と正論述べても「魔法付与とかそれもう装備じゃん! ジェイドさんがパーティのときに俺にそんなんくれたことないじゃん!」と五十鈴の自尊心を満たすようなことを叫びまくり、怒れる店員に店を追い出されても尚「ずるい」と叫び、とうとう地団駄にまで至ったのだ。

「はー、もうお前幾つだよ……」
「ジェイドさんより若い」
「いちいちカチンとくる野郎だな……」
「ジェイド・アラフォー・ビッテンフェルト」
「そこまで歳いってねえわ」

 カールの頭をすぱんと叩くジェイドの傍らで、五十鈴が「年齢だけならば、どちらも生まれたてよの……」と約二千歳の思考を巡らせる。心身が育っていれば実年齢など飾りも同然なのだ。五十鈴はペド野郎ではない。

「もおおっ、カールはどうしたいんだ!」

 育児に疲れた母親のような剣幕で怒鳴るジェイドに、カールは片手を突き出した。

「俺にもその店でなんか買って」

 五十鈴はカールの腕をへし折ろうとした。
 ジェイドに止められた。



「なんだなんだこの絶倫野郎! さっきのいまので清楚ビッチな嫁さんだけじゃなくて皮被りのチンカス野郎まで連れてきやがって! 俺の店をイカ臭くするつもりか? 俺の息子と娘たちにお前らの露出趣味を付き合わせんじゃねえや。乱交パーティーは他所でやんな! おっと、だが、俺だけならパイオツカイデーなマブい姉ちゃんが参加してる場合のみ付き合ってやってもいいぜ。俺としてはパイオツは健康的なばいんばいんで肌はしっとりよりもさらっとしたのが好みだな! でも尻は小さくまとまってんのが……」
「店主、もう黙ってくれ……」
「んだよ、お高く止まりやがって。高い高いすんのはチンポの角度だけにしとけっつうんだ」

 初見とまったく変わらぬ装身具屋の店主の様子に、ジェイドはげんなりとし、五十鈴は店主の言葉の幾つかが理解できず、カールは。

「ジェイドさん……最低だよ」

 ジェイドに軽蔑の視線を送っていた。
 確かに客観的に見れば、下品極まりないセクハラをぶちかましてくる店で婚約祝いだ結婚祝いだの品を購入したなどと、正気とは思えない。なにも知らない既婚者や連れ合いを大事にしている相手に客観的事実のみを伝えたら、人間のクズとして扱われるだろう。
 ジェイドとてそう思うが、あのときは回れ右するより五十鈴の殺意を抑えるほうが大変だったのだ。そして店主の人間性を抜きにしても品が素晴らしかったのも確かである。

「ああん? 生意気な口聞いてんじゃねえぞチンカスやろ……お前……」

 店主がカールをじっと見つめる。
 先程までにない真剣な様子にカールは居心地が悪そうに「なんだよ……」と言いながら顎を引く。

「ははーん、『殺してやる』的な意味でくっころ属性あるな?」
「ジェイドさん、放して。こいつ殺すから」
「どうどう、お前が来たいって言ったんだから我慢しろ」
「こんなクソ野郎が店主なんて聞いてない!」
「おいおい、絶倫野郎、チンカス野郎の躾けがなってねえぞ。俺の店に連れてくるんなら清楚ビッチの穴の具合くらい愛想よく躾けとけよ」

 ジェイドはカールを押さえなくてもいいかな、と思った。
 だが、ジェイドがカールへの拘束を解くより早く、店主は店の奥へと向かうと揃いのピアスを持って戻ってくる。
 鳥の羽の意匠のピアスは鈍い黒銀で、なんとなく烏の羽なのではないかと想像させた。

「チンカス野郎、お前にはこれを売ってやる。泣いて善がって俺を崇め奉っていいぞ」
「はぁッ? 押し売りとかマジなんなん……」
「はあ? 店に来といて商品出されたら押し売りとか、チンカスくんは何しに来たんですかあ? 冷やかしは帰ってちんぽしゃぶりでもしてろ?」
「はいはいはい、どうどうどう。カール、買ってあげるから落ち着け。店主、これにはどんな魔法が付与されてるんだ?」
「──速度強化」

 店主が答えるより先に、五十鈴が呟いた。

「っか──! 流石は清楚ビッチ! 穴の具合だけじゃなくて眼もいいときたもんだ!!」
「奥と『知り合い』みたいな言い方やめろ。ころすぞ」
「絶倫の上に早漏はよせよ。嫌われるぜ。
 清楚ビッチが言ったように、このピアスは速度強化の魔法を付与させてある。そこらの強化魔法なんて目じゃねえ」

 カールは不満そうに唇を尖らせ「それじゃ負荷もきついんじゃねえの」と吐き捨てる。どれだけ性能が優れていても、使い手が堪えられないのでは使えない。

「は? なんで負荷なんてかかるんだ? 言っただろ『ピアス』に魔法を付与させてんだよ。身につけてる奴はその恩恵を受けるだけだ」
「……まさか、店主。俺たちのも?」
「ったりめえだろ?」

 身体強化に関わる魔法は、基本的に体へ負荷がかかる。負荷がかからぬような使い方もあるのだが、手間と繊細な操作が必要になり、即座に強化をかけたいときに使えるものではない。
 それを店主の言葉はあっさりと覆した。
 そも、店主は歴史上の偉人にしか見られぬ人間の転移を可能にした魔法を装身具に付与したと言ってのけた魔法技師であり、五十鈴という古代種のドラゴンもまたそれを肯定していることから信じて間違いない。

「……ジェイドさん、これ買って」
「…………仕方ねえなあ」

 会計を済ませるジェイドの背中を、五十鈴はむすっとしながら眺めていた。

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