小説
四十九話



 エリクシルには職人街があり、装飾品を扱う店もあるようだ。
 ジェイドと五十鈴はすっかりへいこらと頭を下げるようになった宿の主人におすすめの店を訊ね、職人街を歩く。
 客寄せも兼ねているのだろう、店先で作業をしている職人もいれば、戸を締め切って偏屈な雰囲気で入り難い店もある。
 宿の主人が教えてくれた店は、後者であった。
 ぼろ小屋といってもいいような店構えに、かろうじてここが店であると主張するのはやはりぼろい看板。
 ジェイドは宿の主人を締め上げる算段を始めたが、ひょっとしたら厭世家の偏屈な店主がやっているのかもしれない、と考えを改めて戸に手をかける。
 やけに引っかかる立て付けの悪い引き戸を開ければ、まず舌打ちが飛んできた。
 如何にも「面倒くせえ」という感情に満ち満ちた舌打ちを喰らい、ジェイドは回れ右したくなったけれど、視界に入ったのはぼろ小屋にあるとはとても思えぬ美しい装飾品の数々。
 どれもこれも、五十鈴が身につければさぞかし、とジェイドはひと目でこの店の商品を気に入ってしまった。

「奥、いいか?」

 感じの悪い店だが見ていっても大丈夫か? という意味を込めて確認すれば、もともとジェイド以外の人間にさして興味のない五十鈴は「あい」と頷いた。

 中に入って戸を閉めれば、途端に店内は薄暗くなるが、装飾品だけは絶妙に配置された魔石で最も美しく映えるように輝いていた。恐らく、日の下であってもこの装飾品が色褪せることはないだろう。それだけの魅力に溢れた品々であった。

「店主、髪飾りが欲しいんだが」

 暗がりから浅黒い顔が顰められ、億劫そうに動き出した店主がしかし丁寧な手付きで敷布の上に幾つかの商品を並べる。

「奥はやっぱり赤が似合うかな。いや、緑もいいが」
「御前が選んでくださるものが良い」

 店主が隠しもせずに舌打ちをした。
 だが、それは今までジェイドたちが受けてきた「爆発してくれねえかな」という妬みによるものではない。

「てめえのかみさんに似合うものも分かんねえのか、この青瓢箪が」

 ジェイドはさり気ない仕草で五十鈴の肩を抱く。どうどう。

「っかー! 嫌だね、上っ面しか見えてねえ目ん玉腐れまんじゅう野郎は。ベッドでもさぞかし独りよがりなオナニーショー繰り広げてるんだろうよ。そんな旦那に盲目な嫁も嫁だ。はいはい首ふり人形やってるのが慎ましいのと勘違いしやがって。死ね。いっそ死ね。ふたりで仲良く手足結んで崖から飛び降りろ。海の藻屑と散って逝け」

 ジェイドは初対面の人間に、それも客という立場でここまで罵詈雑言を受けたのは初めてであった。
 そりゃ冒険者であるから汚い言葉の十や二十は日常茶飯事であるが、それらはやっかみやジェイド・ビッテンフェルトというSランク冒険者の噂を少なからず聞いて、ジェイドをジェイドとして認知して飛ばされてくるものである。
 ジェイドという存在を欠片も知らぬ相手からこんなにもこき下ろされたのはいっそ新鮮で、ジェイドは五十鈴を羽交い締めにする腕に力を込めながらも店主の顔をまじまじと見つめるのを止められない。

「御前、お放しを。此奴、殺せぬ」
「待て待て待て、殺しちゃまずい。ほら、これとか五十鈴にめっちゃ似合うと思うなー!」
「此奴を殺してからすべて奪えばよい。複数の複雑な魔法付与の技術は面白いが、なにも此奴の流儀に従ってやる道理はない」
「なんだと?」

 店主が顔色を変えた。
 それは自らが殺されかかっているから青褪めているというものではなく、むしろ興奮と驚愕に。
 五十鈴を凝視した店主は奥から出てきて羽交い締めにされて尚、視線だけで殺せそうな目で見てくる五十鈴に花開くような笑みを浮かべた。店主の年齢は推定五十代、ごま塩頭に深いほうれい線、滲む加齢臭とおっさんの塊である。咲いた花はきっと食虫花辺り。

「あんた、うちの子たちに付与した魔法が分かるのかっ?」
「この程度見抜けぬ阿呆ではないわ」
「ごめんな、阿呆な旦那で」
「御前ができぬところは吾が補うからよいのだ! 妹背とはそういうものであろ?」

 五十鈴が店主に向けたウジ虫を見るような顔から一転、きゅるんきゅるんの媚びっ媚び笑顔でジェイドに抱きつく。抱きつきたいがためにかなり本気を出したらしく、羽交い締めにしていたジェイドは結構な負荷を食らった。肩が外れなかったのは花婿だからであろう。
 狭い店のなかでジェイドと五十鈴がいちゃいちゃしているにも拘わらず、店主は舌打ちもせずに感激したように「カ──!!」と声を上げた。

「なんだよなんだよ、嫁さん、あんた。旦那のデカチン突っ込まれるだけのガバマンじゃなかったんだな!! いままでうちに来る糞ったれときたらどいつもこいつも石の大きさだ金の純度だってそんなところしか見ねえ生ゴミばっかりでよお!!
 商品とはいうが、俺にとっては可愛い息子と娘だ。それをチンポ弄りした汚え手でべたべた触られるのなんざ我慢がならねえから追い出してきたが、あんたは別だ!
 髪飾りだったか? おうおう、最初からきれいな…………」

 店主の目が五十鈴の角に向けられ、す、と細められる。

「奥、やめろ」
「……あい」

 ジェイドは今度こそ五十鈴が店主を殺すために動こうとしたのを、言葉で制す。
 店主は、ドラゴンの五十鈴をして「複雑」と言った魔法技術に長けているらしき店主は、五十鈴の角を見てなにかを勘付いた。

「……『変わった』髪飾りをつけてるな。そりゃお国の風習か? ああ、ああ、言わなくていい。俺は気に入ったあんたにとびきりの髪飾りを用立ててやるだけだからな」

「なにも言わなかった」店主はにっかり笑うと店の奥に引っ込み、なにやら悪態をつきながらがさごそと動き回ると、一つの箱を持って戻ってきた。

「あんたにはこいつだ。こいつしかねえ」

 店主が敷布の上に広げたのは二つの髪飾りを細い細い鎖で繋げたもの。意匠は──

「鳥、か? なんの鳥だ?」
「こいつは『鶴』っていうんだ。大分東のほうの吉兆よ」

 自慢気に言う店主に頷きながら、ジェイドは鶴の意匠の髪飾りに見入る。これを飾った五十鈴はさぞかし、さぞかし美しいだろう。

「奥、これで……奥?」

 複雑な顔を浮かべる五十鈴は、ジェイドの視線に応じると、ただ頷いた。
 嫌ならば、と声に出そうとしたジェイドだが、これ以上に似合うものがどうしてもあるとは思えず、ただ「いいんだな?」と確認する。

「御前、吾に似合うと思うのであろ?」
「似合うっていうか……きれいだ」

 五十鈴が「どう、違うのだ?」と戸惑う。

「似合うなら……こう、見せびらかしたい。でも、これを着けた奥はきれいだから……すごくすごくきれいに違いないから……独り占めしたくなる」

 五十鈴の頬がさあ、と赤く染まる。

「う、うむ。独り占めにしてくださって良い」
「っか──! シモのテクだけじゃないってか! やるねえ、色男!!」
「店主、黙ってくれないか。あと、それ買うから。ああ、それと──」

 ジェイドと五十鈴はそれから揃いの指輪も買った。
 ジェイドは首から下げる予定であったが、どこから取り出したのか店主が出刃包丁をぶん投げてきて「俺の息子が邪魔になるわけねえだろ!!」と怒鳴るので指に嵌めてみたところ、まるでつけていないような感触でジェイドは驚いた。
 五十鈴はジェイドが驚いた以上に喜び「揃いぞ」と何度も手のひらを合わせては笑った。

「会計あざまーす、と。いいねえ、高給取り! 吹っかけた甲斐があった」
「おい」
「嘘に決まってんだろ、俺は息子も娘も見合った価値でしか送り出さねえ。
 で、説明しとくが、嫁さんの髪飾りには身代わりの魔法、その揃いの指輪は互いの場所に転移ができるように魔法をかけてある。回数制限はあるがな」

 ジェイドは盛大に噴き出した。

「転移ッ? 人間のか!!」
「あぁん? 俺様を疑ってんのか、チンポ膾に切り落とすぞ」
「御前、本物ぞ」
「流石、清楚ビッチな嫁さんは分かってやがる。見習えよ、マス掻き猿」

 驚いているのはジェイドばかりで、店主は用が済んだらとっとと帰れという風情であるし、五十鈴はただただ嬉しそうだ。
 呆然としながら店を出れば、明るい日差しが目に眩しい。
 五十鈴はジェイドの腕に抱きつき、弾んだ声で促す。

「御前、では役所へ参ろう!!」

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あきゅろす。
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