小説
四十六話



「御前──……これでは吾、蒸しドラゴンになってしまうのだが……」

 五十鈴は毛布でぐるぐる巻きにされ、ベッドへ慎重に置かれていた。周囲にはどんな顔をして摘んできたのか、大量の花や珍しい蜂蜜。少量だが柑橘類もあり、空腹への備えは万全だ。
 だが、ぐるぐる巻きの状態では思うように動けないし、動こうとしたら「どうした」と焦った様子のジェイドが鋭く視線を向けてくるので、おちおち体勢を変えることもできやしない。

「暑いか? じゃあ、少し緩めて……いや、薄手のものに変えて……?」
「御前……昨晩までやんちゃもできたのだから、斯様な扱いをすることはないのではなかろうか……」
「あんなことしたから余計だろうが! 身重なんだぞ、自覚しろっ。ああっ、大声出して悪い。吃驚したよな、怒ってないぞ、悪かった」
「いや、吾も吃驚しておらぬし……」

 五十鈴が孕んでいる可能性が浮上したのは、つい先程のことだ。
 ジェイドは飛び跳ねるように五十鈴の諸々の世話をして、始末を終えた寝台に五十鈴を座らせると、風に当てぬようにと毛布でぐるぐる巻きにして「すぐに戻る」と言い置き飛び出していった。止める間もなく見送った五十鈴がなんとなしに腹を撫でていれば、ほんとうにすぐ戻ってきたジェイドは花やら蜜やらを大量に抱え込んでおり「妊娠中のドラゴンって他になに食べるんだ」と息も整わぬうちから訊ねてきた。
 過保護なジェイドの様子にほっこりと胸が暖かくなりつつも、物理的にほっこりしすぎて五十鈴は少々抗議中である。

「のう、御前。まことに孕んでおるのだろうか……」
「奥には分からないんだったな」
「是、是。古代種は数を減らしていくうちに、外敵から仔を守るためにその気配が鈍くなるようになっておる。母体さえも感知できぬのは、生き物の不器用なところよな。もっとも、孕んだ古代種を知るドラゴンであれば、その気配も察知することができるのだが」
「それは危険じゃないのか?」
「古代種は他のドラゴンに対し本能的な畏怖を与える故、仔を宿しているとなれば否が応でも尽くそうと行動したくなるようになっておるし、同族であれば協力…………」

 五十鈴の目が鋭い刃のように尖る。

「奥?」
「朝烏ならば……察知したやもしれぬ」

 ジェイドはひゅっと息を呑む。
 五十鈴の許嫁だというドラゴンが、五十鈴の腹に仔がいると知ったならばどういう行動に出るだろうか。

「…………吾ではなく、吾との仔が欲しゅうて、古代種の血が濃い仔が欲しゅうて、吾と許嫁になったようなものであるから、な……」
「で、も……孕んだなら、もう五十鈴は他の相手の子どもは産めないんだろう? それで諦めるんじゃ……」

 ドラゴンの八つ当たり、報復という恐ろしい事態はあるかもしれないが、五十鈴自身を狙うことはないのではないか、とジェイドは言うけれど、五十鈴の顔は青く、白く、血の気を失せていく。

「産む前ならば……まだ間に合う」
「……は?」
「腹を裂いて仔を引きずり出してしまえば……」

 あまりにもおぞましい想像に、ジェイドの唇も震えた。
 咄嗟に伸ばした両腕が、五十鈴の痩躯を毛布の上から掻き抱く。

「……ふふ。御前、やはり解いていただけまいか。これでは抱き返すこともできぬ」
「……寒いだろ」
「御前がおるから寒くはないよ」

 ジェイドは渋々五十鈴の毛布を外し、それでも肩にかけたまま再び五十鈴を抱き締める。背中に回された腕は常より温かい。

「思えば、回復が遅かったのは腹に仔がおったからかもしれぬな」
「……ほんとうにすまなかった」
「御前が謝るようなことではない。吾はあの求婚を、とても嬉しく思っておるのだから」

 翼を千切られ、首を折られた程度でああも長く意識を失っているのはおかしいと思ったのだ、と五十鈴はころころ笑うが、ジェイドがひどく気にしている様子なので今後は話題に出すのはやめようと思う。
 それに、目下の問題は朝烏だ。
 五十鈴を連れ戻しにやってきたドラゴン。
 共にいる朱熹は片手間に幾らでも殺せるが、朝烏はそうはいかない。それに、朝烏が朱熹にうんざりしてその兄を呼べば、五十鈴では分が悪すぎる。

「…………奥」
「うん?」

 五十鈴が脳裏で様々な算段を巡らせていると、ジェイドが重い声で呼ぶ。
 その声音になにか決意の気配を感じ、五十鈴はジェイドの翡翠色の双眸を真っ直ぐに見つめた。

「ずっと古代種は自分だけっていうような言い方をしてたが、親、あるいはそれに類似するものはいるのか? 許嫁ってのはそういうのが決めるもんだろ」

 ジェイドの背中へ添わせた五十鈴の指先が跳ねる。

「鋭いの……是、是。如何にも。吾とて親はおる」

 五十鈴は遠く、遠い東の天空へと思いを馳せる。
 朱き城の最奥で、微睡むように閃光色の双眸を閉ざし、全てを見下ろす真黒のドラゴン。
 東方のドラゴン全てを従え、率いる、祖龍の血統に連なるもの。

「我が父は……『輝月ノ皇』と呼ばれておるよ」



 青みがかった灰髪の青年が、朱色の城より地上を見下ろす。
 この城より真下を見下ろしても、目当ての相手が視界に入ることはないと分かっている。
 ただの、感傷に似たなにかだ。

「蒼雲」

 不意に聞こえた己を呼ばう声に、青年、蒼雲の姿がその場からかき消える。
 向かったのは城の最奥。
 豪奢な椅子の上で微睡むように横たわるのは真黒のドラゴン。

「少々、問題が起きた」
「はっ」
「どうするべきか……あれならば、どうしていたかな」

 くつり、と笑う気配。

「蒼雲、少し……意地悪に付き合え」
「承知いたしましたわ」

 それきり黙ったドラゴン。
 なにをしろとも、なにをするとも言わないが、蒼雲は自らが仰ぎ見る主に問おうとはせず、ただ静かにその場から下がった。

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